これからも君と話をしよう

一度はここから離れたけれど、やっぱりいろんな話がしたい。

この本がすごい!2018年下半期

 この冬、皆さんいつにも増して「昨年読んだ本」「昨年読んでよかった本」「今年読みたい本」の紹介多くないですか……?

 どれも面白そうなので、hontoやAmazonの欲しいものリストにどんどん登録してます。

 

 さて、毎年(というか毎半期)恒例の「今期読んで良かった本ランキング」。遅くなってしまいましたが、今回も行います!

 年末に行うひとが多いようですが、私は年明けに行う派です。

 

「2018年下半期に発売された本」ではなく、この時期に「私が読んだ本」なので、古い本が入ることもあるかもしれません。

 では、いってみましょう!

 

※ちなみに本のAmazonリンクは、単行本だったり、文庫本だったり、Kindle版だったり、いろんなメディア形態で貼っています。原則として読んだ形式のものを貼っていますが、一部例外もあり。

13位 やってはいけないデザイン

やってはいけないデザイン

やってはいけないデザイン

 

  この本は、秋に無料公開企画が行われていたのでそのときに読みました。無料で全て読んだけど、買ってもいいかもと思えた一冊。

 ここに出ている失敗例、たしかによくやってたなぁ……と反省。これらを踏まえて作った職場での社内掲示物、これまでのものよりすこし出来が良くなった気がしました。

 

12位 「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。

「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。

「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。

 

  性暴力や女性の働き方、教育、ジェンダーについて取材をするライターさんの著書。最近だと「ヤレる女子大生ランキング」についての批判記事も記憶に新しいです。

 この本は、ネットで話題になった性差別、ジェンダー炎上案件について取り上げ、それらについての考察記事をまとめたもの。電子書籍で読んだということもあり、書籍というよりはネット記事を読む感覚で読めました。

「あぁ、この視点はなかった。納得」「私はそうは思わなかったんだけど、このひとはこう解釈したのか」と、咀嚼しながら読みました。私より10歳近く年上の方なので、時代を感じるエピソードもあったのも印象的。

 ただ、この本はその内容の性質上、性暴力や差別、生きづらさに関する内容も多いため、読んでいてすこしつらい部分もありました。

 

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11位 いま生きる「資本論

いま生きる「資本論」

いま生きる「資本論」

 

  友人(id:u_f_yさん)からの誕生日プレゼント。『いま生きる階級論』とともにいただきました。

 私は立命館大学の出身なのですが、同志社大学の神学部にも友人がいたので、著者の佐藤優先生には親近感を抱いていました。講義録なのである種の読みやすさはありますが、専門的な話も出てくるので「平易な本」というわけではないです。

 読んでいる最中、大学時代、京大の勉強会で学術書を輪読していたときの感覚を思い出しました。これ、ひとりで一読するよりもレジュメを作って議論したほうが理解が深まるのかも。

 資本主義を信じることや、ビットコインは「一般的等価物」足りうるか、などについてのくだりが特に印象的。

 ちなみに私は、資本論は読んだことはありません。大学時代、内田樹先生の著書にドはまりしていたとき、『若者よ、マルクスを読もう』などの本で間接的に触れたことがあったくらい。(『若マル』もなかなか難解だったなぁ)

 

10位 どう解く?

答えのない道徳の問題 どう解く?

答えのない道徳の問題 どう解く?

 

  大好きな詩人・谷川俊太郎さんをきっかけに知った本でしたが、博報堂を中心とした広告代理店のクリエイターさんたちの企画ということでますます興味を持った本。(執筆者は友人の友人ということものちに知りました)

「いじめ」「いのち」「かぞく」「ゆめ」などのテーマについて問いかける、絵本のような本。ひとつのテーマにつき著名人1人が、考えるためのヒントになるメッセージを寄せています。

 もっとも印象的だったのは、「らしさ」についての、ミッツ・マングローブ氏の解答。良くも悪くも「えっ、2018年のこのテの本でそう解答するのか」と思わせられました。案の定、ネットでも賛否両論あったようです。この意見に賛同するかどうかはともかく、本の趣旨としては載せたことは良い問題提起だと思いました。(※リンク先、一種のネタバレなので注意)

 著名人の解答は、ひとつの問いに複数人が答えても良かったのではという気もしました。また、ここに出てくる問いの内容は「2018年現在の常識」を踏まえているものだから、この本の内容は案外早く陳腐化するんじゃないか、と思ったりも。でも、それでいいと思っています。私もこの本、10歳くらいで読みたかったなぁ。

 

9位 モビリティー進化論

モビリティー進化論

モビリティー進化論

 

  仕事の関係で読んでみた一冊。意外と面白かったです。自動運転の話となると、テクノロジー寄りの話が中心のものが多いですが、この本は技術の話ばかりではありませんでした。

 各国の土地の形状や、都市の特徴、文化の違いについても触れられており、地域・地理・文化面からも興味深く読めました。過疎化が社会問題化しているのは日本に顕著なことであるとか、欧州と米国では人口が集中する地域に違いがあることなど、データが豊富で読みごたえがありました。

 ライドシェアのサービスについても、Uber型とBlaBlaCar型の違いについて書かれていたのは面白かった。一度読んだだけでは吸収しきれなかったので、必要に応じて読み返すことになりそうです。

 

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8位 ふつうの非婚出産

ふつうの非婚出産 シングルマザー、新しい「かぞく」を生きる

ふつうの非婚出産 シングルマザー、新しい「かぞく」を生きる

 

  あえて結婚せずに妊娠・出産をした友人・敦子さんのエッセイ。彼女のこれまでの家族や関係性にまつわる経験を通じて、どのように考えてきたか、どのように生きづらさと折り合いをつけたか、どのように彼女なりの幸せを追求してきたかを垣間見ることができました。共感したり励まされたり、読みやすさもありながらも、濃厚な読書体験ができた一冊。

 敦子さんとはじっくり深い話をしたことはなかったので、本書で初めて知るエピソードも多く「こんなに波乱万丈な経歴だったの!?」と驚かされたりも。大阪出身の彼女とは共通の友人も多く、知っている人の名前が本にチラッと出てきたときにはニヤリとできました。

 

7位 観察の練習

観察の練習

観察の練習

 

 書店でたまたま見かけて面白そうだと思い、手に取った本。ドンピシャに私好みな内容でした。道端だったり、家の中だったり、ふとした日常から見つけたものを「観察」して、考察した記録。私も同じような「観察」をしていた時期があったので、すごく面白く読めました……!

 本で取り上げている事例について、良し悪しなどの価値判断が強すぎないのも好感が持てます。目の前の現象を、フラットに受け取っているのですんなり読めます。

 一瞬なんの本かわからないような不思議な表紙も面白いです。本の装丁も好き。広い意味での「デザイン」に関わる人におすすめできる一冊。私もまた、こういう「観察」、やってみようかな。

 

6位 わたしの旅に何をする。

わたしの旅に何をする。

わたしの旅に何をする。

 

 「ええやん!朝活」読書会で紹介されていて知った本。普通のサラリーマンの著者が海外旅行に魅せられ、あちこちの国での旅行経験を綴ったエッセイ。私も、旅の途中の電車の中で読み進めました(私は国内旅行ですが)。

 この本、文章の語り口がとってもユニーク。まるで、おもしろ系のブロガーやWebライターさんの記事みたい。id:u_f_yさんのブログのノリにも似ているかも。

 一章が短めなので、気負いせずサクサク読めます。読むと明るく、元気な気持ちになれる一冊。

 

5位 謝るなら、いつでもおいで

謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)

謝るなら、いつでもおいで: 佐世保小六女児同級生殺害事件 (新潮文庫)

 

 この本を知ったのは、ネットでの書評。もともとこの事件についても関心はあったので、文庫化を機に読んでみることにしました。

 2004年に長崎県佐世保市で発生した、小6女児による同級生殺害。事件発生当時、私は隣の佐賀県に住んでいました。ただ、私は前年までは長崎市に住んでおり、また、長崎市内でも前年に中学生による殺人が起こっていたので、その点でもこの事件は衝撃的でした。

(私自身も長崎時代にいじめられていたので、当時の私の挙動次第では、長崎県の子ども同士の殺人をひとつ増やしていたかも……なんて思ってゾワッとしたりも)

  この本の著者は新聞記者。被害者の父親は、著者の上司にあたる方だそうです。そんな、被害者とも加害者とも近い立場にいた著者が取材を重ねたルポルタージュ月並みな表現になりますが、とても読みごたえがありました。タイトルは、被害者のお兄さんの言葉。

 加害者に対する戸惑う感情、取材する側だった人がされる側になること、同級生たちのトラウマ、一部を切り取られて間違った報道をされることなど、さまざまなことを垣間見ることができました。

 

4位 片想いさん

片想いさん (文春文庫)

片想いさん (文春文庫)

 

  こちらも「ええやん!朝活」読書会で知った一冊。「Suicaペンギン」のキャラクターデザインで有名なイラストレーター・坂崎千春さんのエッセイ集。

「片想い」についてのエッセイ集ではありますが、本人の経験だけでなく、友人の話なども出てきます。恋愛エッセイというよりも、「日常の彩り」についてのエッセイという印象を受けました。

 かわいい挿絵や、カンタンな料理のレシピ、著者の好きな本の紹介などが随所に出てきて、イラスト集、レシピ本、ブックガイドとしても楽しめた贅沢な一冊。電子書籍で買ったけど、紙の本で買えば良かったかも、と思いました。

 エッセイの中で、著者の恋愛経験についても触れられていますが、「え、そうだったの……!?」と、ちょっと驚いてしまいました。こういうひとって、結構いるのかも知れません。

 

3位 いきもの人生相談

いきもの人生相談室 動物たちに学ぶ47の生き方哲学

いきもの人生相談室 動物たちに学ぶ47の生き方哲学

 

 本のセレクトショップで立ち読みして気になり、後日、電子書籍セールで購入した本。すごく面白かった! 人生相談も、生物の話も好きな私にはドンピシャな本。

 挿絵のイラストも大好きです。こういう一コマ漫画というか風刺画というかピクトグラムというか、イメージイラスト的なものがそもそも好みなので。絵柄にも和みました。

 恋愛系の悩みについての章は、以前読んだ『人はなぜ不倫をするのか』という本を彷彿とさせました。

 巻末には、本に出てきた動物たちの写真や生態について詳しく載っており、勉強になります。さすが、登山に特化した出版社の本だけある。パラパラめくって眺めたいから、この本も、電子書籍じゃなくて紙の本で買ったほうが良かったかもなぁ。

 ちなみに今期読んだ山と渓谷社の本では、『人を襲うクマ』も良書でした。

 

2位 いじめと探偵

いじめと探偵

いじめと探偵

 

  小・中学時代、いじめ関係の本はあれこれ読み漁った私。大人になってからはあまり読まなくなりましたが、この本はタイトルに惹かれて購入しました。

 いじめについての証拠集めを探偵に依頼する親御さんは多いそうです。そんな、いじめ案件を扱う探偵業者の方が書いた本。

 本書の内容紹介文に「使いっ走り、カツアゲ、万引きの強要、度重なる暴力、そしてクラスメイトによる集団レイプまで」などの記述がありました。「あっ、これ読むとトラウマ刺激されてつらくなる系の本かな……?」と、少し警戒しながら読みはじめましたが、読み始めたらなんのなんの、面白くて一気に読んでしまいました。

 面白い、という感想は不謹慎かな。でも、生徒と探偵がタッグを組み、隠しカメラやレコーダーでいじめの証拠確保に奔走する様子にはちょっとワクワクしたし、探偵が素性を隠して加害生徒の前に現れるシーンも、漫画のヒーローみたいで痛快でした。個々のエピソードがどれも、凄惨さもありながらもドラマチックで痛快で、テレビドラマ化とも相性が良さそうにも思えました。

 いじめに関する依頼の中で、探偵として依頼を受ける必要があると判断されるものは少数だそうです。

いじめの解決そのものではなく、問題をうやむやにしなかった、親も先生も自分の問題に対して真剣に立ち向かってくれた、という事実こそが被害生徒の自尊心を支える」というくだりも印象的でした。

 

1位 まんが アフリカ少年が日本で育った結果

まんが アフリカ少年が日本で育った結果

まんが アフリカ少年が日本で育った結果

 

  最後は明るい本で締めましょう。2018年下半期に読んだ本でもっとも良かったのは、この本!

 アフリカのカメルーンという国の生まれで、幼少期から日本の関西で育った男性による、コミックエッセイです。

 このインタビューで知りました。

gendai.ismedia.jp

  なんというか、もう、すごい。とても人間ができている方。差別や文化の違いについて、どうしてこんなに柔らかな考え方ができるのか。ひたすら驚きました。

 コミックエッセイは、差別問題などの堅苦しさはほとんどなく、気負わずに素直に楽しめる一冊。それなのに、アフリカやカメルーンと日本の違いや類似点はとっても面白く伝わってくるし、さすが関西人、ユーモアもたっぷりある。

 個人的には、著者の、家族との血縁関係のエピソードがもっとも驚きました。カメルーンではそういう考え方なのか……!

 

 この本は電子書籍で買ったけど、ほかの人にも普及するために紙の本でも買いました。そのくらい気に入った作品です……!

 この本に出てくるどのエピソードが好きだとか、どの点についてもっと知ってみたいかとか、この本で読書会をしてみても面白そうだなぁ、と思いました。

 

 以上が、今期のランキングになります。

 今回、小説が一冊も入っていないことが自分でちょっと意外でした。そしてあまり古い本はなく、どれも割と最近出た新しい本ばかり。

 あと、ここ最近は「事件」や「性」に関する本がランクインすることが多いのですが、今回はそんなことはありませんでした。あまり統一感のないラインナップですね。

 ここで紹介できなかったけど別途紹介したい本もまだまだあるので(友人知人が書いた本とか、いただいた本とか)、それらについてもまた、追々書いていけたらなと思います。

神様とかそういうものを信じるわけではないけれど

 年末年始のSNSは普段あまり投稿しないひとも投稿している上、ポジティブな決意が多く、読んでいて楽しいです。

 遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

紅白聴きながら描いてました。

 

 さて、私は毎年「どのように年越しをしているか」を、近年はなるべく記録するようにしています。
 
 2012年 京都のカラオケ店でアルバイトしながら年越し
 2013年 家族と香港のホテルで年越し
 2014年 女友達2人と大分のハーモニーランドで年越し
 2015年 佐賀の当時の実家でTwitterしながら年越し
 2016年 渋谷の友達の家で何人かで年越し
 2017年 唐津の祖母の家で祖母と年越し
 2018年 靖国神社にて彼と年越し

 今年は家族3人と年越ししました。年が変わった瞬間はスマホTwitter見てたような。

 こうして書き並べてみると、けっこうバリエーション豊かだな……この8年間は、ひとつとして同じ地域で年越ししたことってないみたいだし。都内で年越しの場合も、渋谷区、千代田区、港区とバラバラだ。

 

 ちなみに、2012年以前はすべて、家族と(その当時の)実家で年越ししていたと思います。

 2000年(小5)の年越しはトイレで鼻をかみながら、2001年(小6)はノートに詩を書きながら年を越したのは今でも覚えています。2000年は変な一年になり、2001年はロマンチックなこともあった一年になったよ! 年越しの仕方って大事かも……?

 

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 ところで、年末には一年の振り返りを行ったり、お正月には初詣に行ったりした方も多いと思います。私もそうです。

 ただ最近は、どういう気持ちで初詣に行けばいいのか、なんだかよくわからなくなってきています。

 2015年に母が余命宣告されたときは、もう、すがれるものならなんにでもすがりたくなって、病気治癒に効果的だという神社に行ったりもしました。ですが、今はそこまで祈りたいものってないんですよね。神様へのご挨拶を必要とするよりも、自助努力のフェーズのものが大半な気もするし。どこかにお参りに行ったらそれで満足してしまわないか、という懸念もあったり。 

 誰かとワイワイ初詣に行くのはイベントとして楽しいと思うけど、この年末はいくつかのトラブルが積み重なっていたのもあり、初詣の誘いも断ったり断られたりしちゃったし。

 ただ初詣、「神社仏閣の支援のために行く」というのはモチベーションとしてアリかもしれないな。神社仏閣は、災害が起きにくい場所の目安や避難拠点、お祭りなどでコミュニティ形成の一端も担っていたりもするし。その支援のためにお金を落とすのはいいかもしれない。間接的に恩恵を受けているものもあるのだろうし。

 そもそも。神や仏の存在は、現代日本ではあまり意識しないひとも多いかもしれないけど。「目に見えないものを信じる」という点では、だれかと約束や期待をしたり、ことばが通じることを前提としてひとに話しかけたり、資本主義や日本円を信頼してそれを前提に生きることとも同じことにも思えるし……。

 

 ……まぁ、そんな小難しいことはともかくとして。そもそも、私がいちばん信じている、というか意識しているものは、

「自分の人生が物語だったら」

ということ。

 漫画に喩えたり、ドラマに喩えたりいろいろですが。じぶんの人生をメタ認知して楽しむこと、だいすきです。

 言うならば、「この人生の作者が神様」という感じがあります。

 とはいっても「操られている」と感じているわけではないです(笑)。もう「キャラが勝手に動き出した」フェーズに入っていると思いますし。そして漫画なら、作者だけでなく担当編集者の好みや読者人気、大人の事情などで、初期に設定していた展開から変わることもあるわけで。

 

 私は転勤族だったこともあり、住んでいた場所ごとで一区切り、という感じがあります。「名古屋編」「京都編」「佐賀編」なんて具合に、心の中で思い出を分類しています。

「赤坂編、思ったより長く続いてるな……」「名古屋編はしんどかったなぁ。でも、親の余命宣告で東京行きっていうのは展開がムリヤリすぎない?」「神楽坂編、面白かったけど打ち切りが早かったよね」「鳴り物入りで登場してきたキャラもいたけど、結局すぐに消えたな」「長崎編はモブキャラも美男美女が多い……!」「最近、中華料理屋ばかり行くことになってるな。この人生のドラマ、今期は中華料理屋がスポンサーなのかな」なんて心の中で思ったり、時にはだれかと話したりして、「物語の主人公」気分を高めています。(他者を「脇役、モブキャラ」扱いすることに抵抗を覚えるひともいるようですが、他意はありません。あしからず)

 メイクがひどく崩れたときは「作画崩壊してるな……」なんて思ったり。ほかにも「人生が1年ずつのコミックスになっていたとしたら、現在は29巻まで発売されているのか」「21巻頃、割と面白かったよね」「26巻くらいで読むのやめた人も多そう」なんて、誰目線かよくわからない妄想をしたりして楽しんだりも……。

 

 そんな私の人生も、2019年3月に「30巻」を迎えます。

 正直、この年末年始は予定が狂ったり、会いたかったひとと会えなかったり、気に入っていたものをなくしたりなくされたり等でバタバタしていました。「すごくハッピーな幕開け!」という感じではないですが、「しっかり生きていくぞ」という強い決意はできたような気もします。

「冬休みのうちにやっておこう」と思ったことはいくつか順調にできていて、その点では好調なはじまりとも言えそうです。

 本年も、よろしくお願いいたします。

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私にとっての「今年の漢字」2018ver.

 出身地や血液型で県民性や性格をあれこれ言うことについては「差別に繋がりかねない」「科学的には証明されていないのに」などの意見があるようですが、そういうことは今回ひとまず置いとくとして。

 私は今年の年越しも都内になりそうです。年末年始の帰省はしないかも。まぁ、転勤族育ちの私は「そもそも地元や帰省先ってどこになるの?」とはよく聞かれます。

 

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 ところで、今年もこの季節になりました。2006年から行っている、私の今年の出来事を象徴する今年の漢字

 これまでは、こんな感じです。

2006年 諦(受験で諦めるものが多かった)
2007年 再(再会、再開、再履修。笑)
2008年 文(文芸部に加入)
2009年 人(新しいバイトやビジコン参加で出会いが増えた)
2010年 会(Twitterでさらに出会いがたくさん)
2011年 繋(東日本大震災、友達同士をたくさん引き合わせた)
2012年 動(引っ越しや就活や旅行での移動)
2013年 交(みんなより少し遅れて社会人に。いろんなひととの交流が増えた)
2014年 焦(結婚や独立する友達への焦り)
2015年 家(結婚話が破談、引っ越し、家族とのあれこれ)
2016年 旅(旅行、身近な人の独立、訃報など)
2017年 作(ものづくり好きな人との交流、同人誌やハンドメイド)

 

 どの漢字にしようか毎年ちょっぴり悩むのですが、今年はすんなり決まりました。

 私にとっての、今年一年を表す漢字は、

「体」

 です。

 

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 今年は、カラダのメンテナンスに力を入れました。

 友達がおすすめしていた整体に行ってみたり。

 脱毛サロンに通い始めたり。

 はじめて、髪にパーマをかけてみたり。

 そして、ブログでも書いた通り、親不知を抜くことにしたり。

 あとは、使い捨ての生理用ナプキンではなく、布製のものを使うようにもなりました。

「思いもよらず、こんな年になった」という感じではなく、「こうしよう」と意識して「身体」に気を遣った一年でした。

 ただ、体重はちょっと増えてしまった……。

 3年前、都内に戻ってきたばかりの頃に比べて8kg太ってしまったようです。まぁ3年前は、成人してからはもっとも痩せていた(やつれていた?)時期だったので、そのときと比べるのもあまり良くない気はしますが。ただそれにしても、20歳頃から5kgくらい太ったことには変わらないので痩せないと。気をつけないと。

 

 脱毛は思ったよりも快適で、もっと早くから通えばよかったと後悔したくらい。

 親不知を抜いたのもすっきりしました。いやまぁ、今現在はまだ、抜いた穴の部分に食べかすが詰まりやすくてちょっと気持ち悪いときもあるけど……(苦笑)。

 パーマも、意外と違和感ありませんでした。

 布ナプキンも、想像以上に快適です。

 でも今年、「身体」に関することでいちばん印象的だったのは、献血

 

 先月の駒場祭からの帰り。「そうだ、献血に行ってみよう」とふと思い立って、渋谷ハチ公前の献血ルームに寄りました。

 献血ははじめてだという旨を伝えて、問診や血圧測定を終え、血液の事前審査を行うことに。

 私が、5歳くらいのときに親から聞いていた血液型はA型。(父がA型、母がO型の家庭です)

 それを、これまであまり疑わずにいました。

 ところが、採決した血液の事前審査の結果、

O型の可能性が高いですよ」

と……!

 

 え、O型……!?

 私、A型じゃなかったの!?

 占いではずっと「うお座のA型」だということで診断してきたよ??

 漫画家の種村有菜、小説家の小林深雪などが「うお座のA型」だから勝手に親近感を抱いていたけど、違ったのか……。「うお座のO型」で私が好きな著名人って誰がいたかな。ソニンくらいか。ソニンも好きだけど、これまでの24年間私はずっと「自分はうお座のA型」だと思って生きてきたから、O型だったと言われても困る。いや別に困らないけど。輸血もしたことないし、占いやプロフィール帳への記入でしか使ったことないから困ることはないんだけど、でもちょっとびっくりするし、戸惑う……!!

 私は小説や漫画を描いたりもしていたので、そのキャラクター設定で血液型は意識したこともあるけど。それも私が「うお座のA型」だということを基準にして、それを念頭に置いて設定していたんだけど、それが違ったのか……!

 

 ちなみに献血のあとにもう一度、正確な血液型を診断するとのことでしたが、この日の私は血液の濃度が基準値にわずかに足りない……ということで献血には至らず。

 でも、じぶんの血液型が思っていたのと違ったというのはそれだけでもじゅうぶん衝撃的でした……!

 

 それが今年のハイライトです。今年を象徴する出来事、ほかになんかあるだろっていう気もしなくはないですが。

 あ、あとひとつ「身体」に関することで、ちょっとあたためてることがあるので、うまくいけば来月に発表できたらいいなと思います。(たぶんあなたが想像することとちょっと近いと思うけどたぶん違う)

 

 それでは、良いお年をお迎えください。

ABO血液型がわかる科学 (岩波ジュニア新書)

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なきわらい血液型事件 (学研の新しい創作 A)

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Tourism of the Dark ──誰も知らない私について──

「せんせー! 個人的なトラウマのある場所を訪れることはダークツーリズム*1に含まれますかー?」

 

 今回語ることは、これまであまり語らなかった私にとっての真実だ。

 ただし、この記憶の正確さには自信がない。

 ひとによっては、ショッキングなことを彷彿とさせる内容かもしれない。フラッシュバックが起こるかもしれない。そのような危険性を感じた場合には、端末の戻るボタンやホームボタンを押して欲しい。

 残念ながら非常ボタンではないので、私が駆けつけることはできないけれど。

※この記事は、サークルクラッシュ同好会 Advent Calendar 2018の14日目の記事として書かれています。サークルクラッシュ同好会のブログはこちら

 今年のテーマも、昨年と同じく「こじらせ自分語り」。今年も書かせていただきました。ちなみに昨日の記事は、id:silloi@silloi93)さんの「自分語りやめろ、トレーニングをやれ」でした。

 

 2017年7月

 夏、しかも去年の夏なんて、暑かったかどうかもあまり覚えてないけれど。
 この時期の私は、ある記憶を頻繁に思い出してはじわじわと不快感を抱いていた。
 どうして思い出しちゃうかなぁ……。しばらく忘れかけていたというのに。

 ──あぁそっか。「ブラックボックス展」の騒動がニュースになっているからか。

 
 暗闇の中で行われる展示ブラックボックス展」の会場で発生した、性被害の告発。そのことがあらゆるメディアを賑わせていた。

 ブラックボックス展。アート系の活動をする友人から、この展示の告知ハガキを私ももらったことがある。結局行けなかったけど、行かなくてよかった。

 やたらとフラッシュバックしていた私の記憶も、確かにこの件と近いところがあるかもしれない。

 あぁ、だからなのか。思い出してしまうのは──。

 

 2001~2002年

 ──時代は、今から15年以上も前にさかのぼります。舞台は九州の地方都市──

 小学校時代の友人とは意図的に距離をとっていたこともあり、中1の頃は、友達と呼べる存在はほとんどいなかった。
 そしてきっかけは覚えてないけれど、ちょっとワルぶってる男子に目をつけられて、彼にやたらといじめられるようになった。

 中学1年の春とか夏とか、まだ暖かい季節だったと思う。その日は理科の授業中、実験だったかビデオ視聴だったかのために理科室内の電気を消し、カーテンも閉めていた。理科室は真っ暗だった。

 この理科の授業中、私はその男子にずっと殴られていた。
「やめて」とか、多少の抵抗はしたような気もするけど、大ごとにしたくなかったので、声を上げることはしなかった。

  理科担当の女性教員は気づいていなかった。近くの席のほかの生徒は気づいていたかもしれないけど、まぁ、不良っぽい男子が暴行してるところになんて普通関わりたくないよね……。

 私は顔を中心に殴られていた気がする。殴られた部分はヒクヒクと痙攣していて、しばらく震えが止まらなかった。
 授業が終わったあとに保健室に行った。「顔を冷やしたい」と言ったら養護教諭に事情を訊かれた。そこで、理科の授業中の出来事はほかの人にも伝わるところとなった。

 理科教師は「授業中、気づかなくてごめんね……」と謝った。私は「暗かったので仕方ないです」と答えた。
 私の親も呼ばれたような気もする。親は、私を殴っていた男子に「今後、娘に関わらないで。指一本触れないで」と言ったようだ。

 実際、その後はこの男子はしばらくおとなしかった。でも、秋には再び暴行を加えられるようになった。
 一時期は毎日のように、ほうきを使って羽交い締めにされかけていた気がする。殴る蹴るの暴行もあった。

 

 私をいじめていたのはこの男子だけではなかった。私を蹴る男子はほかにもいた。毎日のように、制服につく白い靴跡を払った。成長期に入った男子の筋力ってこんなに強いのか、とショックを受けた。
 さらに別の男子からは、暴力こそなかったものの、下ネタを言われたりやスキンシップを求められたケースもあった(無視したり逃げたりした覚えがある)。また、「臭い、キモい、菌がうつる、腐る」と言ってバイキン扱いする人は全体的に多かった。私を避けたいのか触りたいのか、どっちなんだ。
 中学2年になってからは、一部の女子グループから頻繁に、聞こえよがしな悪口を言われていた。彼女たちは文脈からして明らかに私の悪口を言っているけど、名指しはしないので反論できない……という絶妙なところを突いていた。「うわ、なんか笑いよるし」「まじキモか。身障じゃ」などと言い、私のすぐ近くで笑いあっていた。

(こうして書いてみると、このいじめには特に首謀者はいなくて、あちこちのグループがそれぞれ違う動機や目的を持って私をいじめていたように感じるな。もはや興味深い)

 

 じぶんでも奇怪だなと思うけど。男子たちから暴行されるのは、今にして思えばそれほど嫌ではなかった。むしろ、女子グループから目の前で陰口を叩かれるほうが、舐められている感じがして不快だった。目の前で悪口を好き放題言われて、でもそれを論破できない自分の姿を突きつけられるのも辛かった。

 持ち物を隠されたり、汚されたり、悪口を書かれたりすることもあった。これらに関しては、発覚した瞬間に一時的にショックは受けても、そこまで辛いとは思わなかった。(このテのいじめはあまりなかったので、金銭的・物理的にはさほど損害もなかった気がする)
 男子から一方的に暴行されるのは、ある意味では楽だった。その場の痛みにひたすら堪えればよかったから。男女で筋肉量も違うから、「一方的にいじめられるだけで何もできない、弱い自分」という立場になるのは仕方ないと納得もできた。←そこ納得するところか?

 今にして思えば、そうやって暴行され、広い意味で「カラダを許す」ことでしか、男子とのコミュニケーションの取り方がわからなかった気がする。あぁ、我ながらなんて歪んでるんだ。同級生の女子から「じゃれとるんやろ?」みたいに言われたことがあったけれど、否定できなかった。
 ただ、私にも当時、好きな人はいた。ほかの男子に暴行される反動からか、どちらかというと真面目で落ち着いた雰囲気の人を好きになることが多かった。でも特に接近するきっかけもなかった。
 そんな中、親の転職の関係で隣県に引っ越すことか決まった。中学2年の冬だった。 

2003年2月

 転校先の学校については、正直あまり期待していなかった。

 次の学校では舐められない、いじめられないようにしよう……と心に誓いながら迎えた転校初日。
 拍子抜けした。みんな優しかった。クラスメートから下の名前で呼んでもらえるのがこんなに嬉しいなんて。こんな中学校生活もあったなんて。

「人生、ようやく反転した」と思った。

 嬉しさも感じた一方で、「成長期の男子の力の強さなんて、別に身をもって知る必要ないことだったんだな……」と過去を思い出して悲しくなったりもした。12歳だった私には、それはあまりにも重すぎた。

(すこし話はズレるけど。犯罪者が逮捕されたニュースについて、ネットユーザーの投稿を見てみると「こういう奴とは一生関わりたくない」というコメントをたまに見かけることがある。そのたびに私は「関わりたくない、って言えるだけいいよ。すでに関わってしまったらどうすればいいんだ……」なんて気持ちになる)

 転校先の学校でいじめられなくなってからも、多少の緊張感は常にあった気がする。理科の授業中に電気を消したときは、つい身体がこわばってしまった。

 

 やがて塾に通うようになり、クラスメート以外の友達も増えた。勉強の話もしたけど、「好きな人っていないの?」なんて話にもなった。この頃の私は、男性には恋愛感情を持つことができなかった。そういった対象は女性だった。当時はそれを自覚するのが自分で嫌で、恋愛系の話題を振られないようにしていた。

「私はおかしいんじゃないか」と悩むようなことはなかった。それだったら、前の学校で自分を暴行させるように仕向けていたことのほうが、同性愛よりよっぽど「おかしいこと」だと思ってた。

2004年以降

 高校生や大学生、大人になってからは、男の人とまともに(?)交際することもできた。好みのタイプはあまり変わらなかった。頭のいい人、真面目そうな人、落ち着いた人、オタクっぽい人などが好みだった。恋愛経験がない人と付き合うのは、特に安心できて嬉しかった。

 たまに不思議に思うこともある。一歩間違えていたら、私はいわゆる「DV男」みたいなひとと付き合うことになっていたんじゃないか、って。

 幸いにして、そのようなひととは縁はなかった。中学前半時代、殴られようが蹴られようが嫌じゃなかった自分のことは「歪んでいる」って思ってたけど、心の底ではきちんと傷ついて、きちんと「嫌」だと認識できていたのかもしれない。そうだといいんだけれど。

 子どものいじめは自殺や不登校なども問題視されがちだけど、こうして大人になってから表出する禍根もある。そういうことを痛感する、最近。

 

 もうすぐ2018年も終わるけど、すこしでも私やあなたが幸せを感じられる世界が訪れることを、願わずにはいられない。

 そんな冬の夜。あまり明るくはない、思い出話。

 

 サークルクラッシュ同好会Advent Calender2018。明日の担当は、syuumatudannsi さんです。お楽しみに。

 

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*1:戦跡や災害被災地など、悲劇・死・暴虐にまつわる場所を訪問する観光のこと。

【後編】親不知を抜いたら意外なことに悩まされた

≪これまでのあらすじ≫

 10月11日のお昼に親不知を抜いた私。フルーツサンドを食べたあとはおとなしく帰宅することに。

▼詳しくは、前回の記事を読んでね!

www.wuzuki.com

 

 今回は、親不知抜歯当日の夕方以降のことを書いていきたいと思います!

 目次はこんな感じ。

 ホラー小説のタイトルみたいですね。

黒い糸

 鏡を見ながら口を開けると、抜歯した部分に黒々とした線があり、一瞬ギョッとしました。

 黒い線の正体は、糸。抜歯した歯肉の部分は、糸で縫合されています。

 この部分を必要以上に手や舌で触ってしまったり、強めのうがいや歯磨き等で傷つけないよう注意がありました。

 口の中に明らかな人工物があるのは、感覚としても違和感はあるのはもちろん、見た目としてもちょっと気持ち悪かったです……。蓮コラ的な。

歪んだ輪郭

 抜歯翌日(12日、金曜日)は普通に過ごせました。

 なーんだ、思ったよりマシだったな親不知抜歯……と思っていたら、その日の夕方、鏡を見てびっくり。

 

 左頬が腫れています。

(写真だと、左右逆なので右側)

「なにこれ……!?」

 写真だとすこしわかりづらいですが、鏡を見ると、はっきり「腫れている」感がありました。輪郭描くのを失敗したイラストみたい。なんだこりゃ。

 翌日(13日、土曜日)は外出する予定があり、友人とも会いましたが、飲食等の予定ではなかったのでずっとマスクをしていました。

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行けない誕生会

 この週末は、回復にどの程度かかるかわからなかったので、もともとあまり予定は入れていませんでした。

 14(日)昼は、友人の旦那さんの誕生日パーティーが自宅であるということで、友人からお誘いいただいていました。

 このときは腫れはひいていたものの、新たな問題が発生していました。

 口内炎です。

 抜歯当日に噛んでしまっていた部分が、見事に口内炎になっていました……。

 これまでできた口内炎の中でもトップレベルにひどい。左下の唇をめくると、まるで島のようないびつな形の、白っぽい跡がいくつもいくつもできていました……。

 あまりにもひどく、会話も食事もままならなかったので誕生会はお断りすることに。

 

 今回の親不知抜歯でもっとも強い痛みを感じ、悩まされたのは口内炎です。

 あまりにも辛かった。これはなんの拷問だよ、と思うレベルに大変でした……!

 抜歯後の痛みについてはいろんなひとから聞いていたけど、まさか、口内炎でこんなに悩まされるとは思ってなかったよ……!

 

 どれくらいひどかったか、Twitterであれこれ愚痴っていたのでそれを再掲。

  もうね、私、決めました。これからの人生どんなにムカつくひとがいても「死ね」と思うことはおそらくないと思います。そのかわり「一生治らない口内炎が大量にできてしまえ。食事も睡眠も仕事も性愛も趣味も全てに支障をきたしてしまえ」と呪おうと思います、決めました。SNS規約違反にならないタイプの呪いです。

虫歯の疑惑

 口内炎の改善の兆しが感じられたのは、翌週の10月17日(水)頃。

 そしてその翌日の18日(木)に再び口腔外科へ行き、抜歯から一週間後、ということで様子を見てもらいました。

 ここでようやく、縫合していた糸を切ってもらいました。口内の違和感は多少軽減された気がします。

 そして、口内炎の酷さも指摘され、塗り薬も出してもらいました。

 ところが……、

 親不知と口内炎にとりあえずひと段落ついたものの、まさかの、今度は虫歯の疑惑が発生!

 なんなんだよもう、いつになったら口内に平和が訪れるんだよ……と思いながら近所の歯医者へ。

 結局、どうやら虫歯ではなく、単なる知覚過敏だった模様。

 心配して損した……けど、虫歯じゃなくてよかった。

 そうこうしているうちに、やがて知覚過敏も口内炎も落ち着きます。抜歯した穴に食べ物が詰まりやすいのがしばらくは気になったりもしましたが、日が経つにつれて歯茎も回復し、詰まりにくくなってきました。10月下旬にはほぼ元通り。

抜歯、再び

 11月1日(木)に再び口腔外科へ行きました。抜歯部分の回復を確認し、右下の親不知も抜いて大丈夫そうかを診てもらうことに。

 特に問題はなかったので、11月29日(木)にこちらも抜歯を行いました。

 

 もう、前回ほどの緊張はありません。口を開け、洗浄、麻酔を終え、抜いてもらいました。

 右下の親不知は斜めに生えていたようで、抜くのも大変だったのか、前回よりもすこしだけ長く時間がかかった気がしました。

 抜くときの音も、前回のような「パキッ」「ポキッ」という感じではなく「バキバキ」というやや物騒な音がしました。

 

 抜いた歯も見せてもらいました。今回は、上下できれいに2分割されていました。

 

 この日のお昼ごはんは、前回の反省を踏まえて、口の中を噛んでしまう危険性が少ないものにしよう!と思い、リゾットを食べることに。

 口の中を噛むと口内炎ができるぞ、噛むな噛むな……と心の中で強く言い聞かせながら完食。

 

 その後の回復の経過は、こんな感じ。

▼抜歯翌日。

▼抜歯4日後。

▼抜歯6日後。

 ▼抜歯1週間後。

  あいかわらず口内炎には悩まされました。ただ、左下の抜歯のときと比べて治りは早かった。これを書いているのは12月7日(金)ですが、この日はほぼ痛みは感じませんでした。

 ただ、穴の部分に食べものが詰まりやすいのがまだまだ気になります。これに関しては、下手に歯間ブラシを使うと歯茎を傷つけてしまうことがあるため、あまりしないほうがいいようです。

 なにか詰まっても、下手に舌や爪楊枝や歯間ブラシで触れたりするより、気にしないスルースキルを身につけるほうが良さそうです。精神的にも身体的にも。

 ネットの荒らしへの対応みたいなものですね(←?)。

 

 そういえば、治りかけの口内炎に対しても同じようなことを思ってました。「そろそろ治ってるかな……?」と思って舌でそっと触れてみると、強烈な痛みが出てくる。「あぁまだだったのか、ごめん……」と謝りたくなる感じ。神経質な人間を相手にしているような気分です。

 あと、抜歯部分を縫合していた糸を切る前は、キャベツの千切りやラーメンなどの細いものを食べると、口の中の糸にこびりつく?絡みつく?ようなこともありました。そういうのに限ってなかなか外れず、地味に気持ち悪かったです。

 食べてるときは美味しいんだけど、いつまでも口内に粘着されると気持ち悪いよ……そろそろ離れてってくれ……と思いながらたびたび口をゆすぎました。

再生への兆し

 これを書いている今も、まだ、抜歯した部分の穴は回復途中。

 ただ、現段階での結論としては、親不知は抜いて良かったと思っています。

「親不知、抜かなきゃだよね……」というモヤモヤにとらわれることはもうないし、抜歯部分が回復するにつれ、口の中もスッキリしてきました。

「これで今後、歯が磨きやすくなる」という気持ちが大きいです。

 私の親不知抜歯レポは、とりあえず今回でおしまい。

 

 抜く必要があるけれど抜歯の勇気が出ない、踏ん切りがつかない……という方にとって、ほんの少しでも参考になればと思います。

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【前編】親不知を抜いたら意外なことに悩まされた

 歯は白骨化しても原型を留めていることから、身元確認の際には重要な部分になるとのこと。先月発覚した千葉県大網白里市での死体遺棄事件も、歯の治療痕やインプラントから身元特定を試みた結果、被害者の身元が判明したようですね。

「日本人ってあまり歯を大事にしていないよね」「他の先進国では、歯のメンテナンスはもっと当たり前に行われているのに」なんて意見もたびたび見かけます。歯並びが、家庭の経済力や育ちのよさと結び付けられる論を目にすることも……。

 

 それらの妥当性はさておくとして。10月11(木)、親知らずを抜いてきました!

「抜かなきゃなぁ」とは思いつつも、すぐに抜かなければいけないほどのトラブルもないので後回しにしていましたが、意を決して抜くことに。

 主な理由は、以下の通り。

  1. 奥歯と親不知のあいだにものが詰まりやすいのが前々から気になっていた
  2. 風邪など体調不良時に親不知が痛むのが気になっていた
  3. 結婚式や妊娠、試験、海外旅行等の予定がないうちにしたほうが良いと思った
  4. 3の理由で夏から脱毛サロンにも通いはじめていたので、これを機に、今年は身体のメンテナンスに力を入れようと決めた

 10月11日に左下の親不知を抜きましたが、今週は右下の親不知も抜く予定です。

 抜く前に感じていたこと、抜いてから感じたこと等まとめようと思います。

親不知を抜いた友人は意外と多い

 抜歯を決めたあと、「親不知、抜いたことある?」と周りの人に尋ねてみたところ、割とたくさんの人が抜歯経験があるようでした。

 体感としては、私が尋ねたうちの7割くらいの人は抜いている模様。

「右下と左下の2本だけを抜いた」という人がもっとも多かったです。上下左右全ての親不知を抜いたひともいました。

「痛くなかったよ」という人が多い、けど

 親不知を抜いた大半の人は「抜くのは麻酔がかかってるから、痛くはなかったよ」「麻酔が切れてからのほうが痛かった」と言っていました。

 ただ、意外と聞かなかったのが「抜いてよかったよ」という意見。

 これはなにも、「抜歯を後悔している」という意味ではありません(そういうことを言う友人はいませんでした)。

「抜いたメリットがわかりづらい」ということが大きいのかなと思います。親不知の抜歯って、どこかを「良くする」ためというよりは「悪くならないためにする」意味合いが大きいですし。

「抜いたらスッキリしたよ」と言っていたひとが一人だけいたのが印象的でした。

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抜歯の前に……

 佐賀県で歯科医をしている親戚にも、LINEで相談しました。口の中にスマホを突っ込んで口内の写真を撮ったり、頑張りました。THETAなど360度カメラがあれば簡単だったかもなぁ……。

 紹介状を書いてもらい、都内の某歯科病院の口腔外科にて、抜歯してもらうことになりました。

 

 紹介状が届いてから、病院を予約。まずは、歯がどうなっているのかを一度診てもらうことに。

 私の口には、奥のほうに、永久歯に生え変わらなかった乳歯のままの歯があります。

 学生時代に歯医者にかかったとき、

「この歯は弱りやすいので早めに抜いて、親不知を奥歯として活用するのが良いのでは」

と歯科医から言われたこともあったので、それなら抜歯の必要もないかも……と思っていました。抜くの怖いですし。

 でも、別の歯科医に相談すると、それは難しいという意見も多かったです。今回、見てもらった口腔外科の先生も「難しい」という意見でした。

 

「痛みやリスクの少ない抜歯方法が、近いうちに実現する予定ってありませんかね……?」

と尋ねたりもしましたが、抜歯に関してはあまり大きなイノベーションが起こる予定はない模様。もう、素直に抜歯することに決めました。

 

 抜歯日は、10月11日(木)に決定。

 抜いたあと、どのくらい痛みが続くかわからないので丸一日有休を取りました。

 いよいよ抜歯!

 そして、10月11日の13時頃、抜いてきました……!

 

 口をゆすいだあと、診察用の椅子の上で仰向けになり、口を開けます。

 塩水で歯を洗われたり、麻酔の注射が済んだかと思ったら、あっという間に抜歯が始まりました。

(麻酔の注射もちょっと怖かったけど、一瞬チクッとしただけで全然耐えられる痛みだった)

「口をずっと開いていることに疲れてきたらどうしよう」とか「麻酔が効かなかったらどうしよう」と怯えていましたが、それらに関しては特に問題はなかったです。

「抜くとき痛みは感じないけど、削られるからゴリゴリする感覚があるよ」といろんな人が言っていましたが、それは確かにその通りでした。下あごのあたりをゴリゴリ揺さぶられる感じ。痛みはありません。

 たしかにその状態の擬態語としては「ゴリゴリ」という感じでしたが、じっさいに聞こえてきた音は、

「パリン、パリン」「ポキッ」という感じ。

 細い、繊細なものを壊すような音がしました。削ったり抜いたりしたときの音だと思われます。歯を割る音って意外と繊細なんだな……。

 

「終わりました」

 1時間程度で抜歯は終了。左頬は、麻酔のせいでまだ感覚がありません。

「止血のために、綿をしばらく噛んでください」と指示があったので、左の奥歯で綿を噛みしめます。

 

 抜いた親不知も見せてもらいました。3つほどのパーツに分解されていました。抜く際に割ったのだと思います。

 少しだけ赤く血がついていました。歯根のとがった部分を見たり触ったりできたことに、少し感動しました。これまで見ることも、手や舌で触れることもできなかった部分なので。

(写真を載せようか迷いましたが、ちょっとグロテスクなので割愛)

 

 ふと気づきました。そもそも、「自分の歯」って、抜いたもの以外は直接見ることはできないんですよね。あとはぜんぶ鏡越しになる。まぁ、歯に限ったことではなく、顔にあるパーツはほとんど「直接見ることができない」ものだとは思いますが……。

お昼ごはんを食べよう

 会計を済ませます。抜歯にかかった費用は3,900円でした。そして綿を噛み続けたまま病院を出ます。20分ほど噛み続けていればいいとのこと。

 調剤薬局で薬を受け取ります。痛み止めなど数種類。

 病院の最寄駅のお手洗いにたどり着いたときに、ちょうど20分くらい経っていたので綿を捨てました。

 

 とりあえずお昼時だし、なにか食べよう。せっかくこのあたりまで来たのなら普段あまり行かないところにしよう。

 ということで、病院から家に帰る途中の駅近くにある、フルーツパーラーへ行ってきました。ここに来るのは1年2か月ぶり。楽しみだな〜。

 

 ……ところが、店に入った途端、自分がすごく場違いに感じられました。

 今回私は、歯を抜いたあとはゆっくり過ごせるようにと思って、ゆるめな感じのシャツワンピースを着ていました。

 メイクも最小限でかなり薄め。

 抜歯の際にずっと仰向けになっていたので、髪もボサボサ。

 口は思うように動かないし、なんだか私すごく「病人」っぽい……。

 

 平日の昼間のフルーツパーラー。お金持ちのマダムっぽいひとが多い中、私のゆったりしたシャツワンピは、なんだか、まるで部屋着かパジャマのように思えて仕方ありませんでした。

 しばらく待たされ、奥のほうの席に案内されます。私はフルーツサンドを注文。

 さっそく食べよう、と思い、口を開けて噛もうとしたものの……うまく食べられない!!

 麻酔が残っている影響で、左半分がうまく動かせません。何度も何度も、間違って唇や口の中を噛んでしまいました。噛んでしまっても、麻酔のせいで痛みはありません。

 でも、そのぶんけっこう深く噛んでしまっているので、痛くはなくても、傷になっているのははっきりとわかります。

 そして、口がうまく閉まらないため、何もしてなくても「ブッ」って音が口から出てしまう……。恥ずかしかったです。

 

 口を動かすこともままならないということが、こんなにも不自由でみじめだなんて……。

 私の家族には現在、半身麻痺していて車椅子生活をしている者がいるのですが、その気持ちがほんの少しだけ、わかったような気がしました。

 

 なんとか頑張ってフルーツサンドを食べたあと、気を取りなおしてお手洗いへ。少しでも身なりを整えようと思いました。

 ボサボサだった髪を梳かし、キュッとひとつに結びます。

 バッグに入れていたストールを取り出して首にくるくる巻くと、部屋着のようなシャツワンピも、こなれて一気におしゃれに。

 口紅も引くことにします。キャップをあけて紅を繰り出し、唇にあてて、右から左にゆっくり引くと、

 ……ん?

 ……あれっ?

 

 右から左に口紅を引く途中、唇の感覚がスッとなくなりました。

 唇に色はつくのですが……。

 そう、まだ麻酔が残っているので、左側の口の感覚が鈍っているんです。

 麻酔がかかっているのをはっきり自覚したのはこのときでした。どこまで麻酔がかかっているのかの境目がはっきりとわかりました。

 

 髪を結い、ストールを巻いて口紅を引いた私は、さっきの病人っぽさも抜けて、おしゃれな街でも違和感のない雰囲気になりました。

 メイクも薄めなぶん、色をつけた唇が際立って、これはこれで意外と悪くない感じ。 

 帰り際、店員さんからの「またのご来店をお待ちしています」の言葉も、(社交辞令だとしても)とても嬉しく響きました。

 

 からだにちょっと制限が出てしまうだけで、こんなにも惨めな気持ちになったりすること。

 逆に、着飾ることで自信を回復させることもできること。

 そんなことを知った親不知抜歯でした。

 ところが、予想外のことが起こったのは、抜歯の翌日以降の話……。

(後編へ続く)

 

 おまけ

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