プロローグ
とうとう、この日がやってきた────。
2024年8月13日、お盆真っ只中の火曜日の14時過ぎ。私はボストンバッグを抱えて高速バスから降りた。ムワッとした暑い空気が肌に触れる……けど、意外と東京よりは暑くないかもしれない。
バス停には紙タバコを吸う老人がいた。喫煙者もここにはまだいるんだなぁ……と思いながら顔を上げる。知ってるはずの街並みのはずなのに、ぜんぜん知らないまちのようにも思える。タイムスリップしたみたい。喫煙者、バス、タイムスリップ……って、ドラマ「不適切にもほどがある!」じゃないんだからさ。私はひとりで苦笑する。
────まぁ、タイムスリップに思えるのも無理ないか。もう10年以上訪れていないんだから。
転勤族育ちだった私にとっては、ここも「地元」と言えなくはないけど、正直あまり積極的に「地元」とは思っていない場所だ。
────そう、ここは長崎県長崎市。私は11年ぶりに訪れたことになる。
どうして長崎にやってきたのか。それは、中学の同窓会に参加するためだ。
あちこちでたびたび書いていたので知っているひともいると思うけれど、私は子どもの頃にいじめられており、特にひどかったのが長崎の中学時代だった。
▼以前書いた、このブログ記事が詳しい。
www.wuzuki.com
転校してからこの中学に訪れたこと自体はあるものの、この中学の「同窓会」に参加するのは初めてだった。
今年は「卒業してから20年経った年」であることと、「お盆休みと土日が続いていて、長く休めるひとが多いのではないか」ということから、中学の同窓会が企画されたんだそうだ。
「いじめられていたのに、どうして同窓会に行こうと思ったの?」と疑問に思うひともいると思う。
理由はいろいろある。成人式の後の同窓会のときは、私は転校先(卒業した)の中学のほうの同窓会に行ったので長崎の中学の同窓会には参加できなかったということがまず一つ。そして、歳を重ねて、病気になる同世代の知人も増えてきたこともあり、「これを逃したら、もう二度と会えないひともいるかもしれない」と思うと、旧友に会えるチャンスはなるべく逃したくない、という気持ちがあった。
あと、私は基本的にはそれでもひとが好きで信じたいという気持ちがあったのと、「いじめられていた、ダサくてキモかった頃」じゃなくて今の自分を知ってもらいたい、記憶を上書きしてほしい……みたいな気持ちもあった。
そもそも、いじめられていたからといってべつに友達が0人だった訳ではないし、先生たちにもお世話になった。あと、現在の私の実家があるのは、長崎県のお隣の佐賀県なので、帰省する際の飛行機を福岡空港から長崎空港に変えるだけで済むようなものだ(ただ、同窓会後に佐賀に帰るのは厳しいので、長崎でホテルに泊まることにした)。なので、そういう意味ではあまり負担も大きくない。そのような諸々の理由から、同窓会参加を決めた。
バス乗り場にて
私たちが通っていた長崎の中学校は、市の中心エリアにあったが、今回の同窓会会場のホテルは山の上のほうにある。
車がないひとや運転しないひとのために、ホテルまではバスが出ることになっており、
①(私の出身)小学校前
②中央橋
③長崎駅前
の3ヶ所からピックアップしてもらえることになっている。
どこからの乗車を希望するかについての確認の連絡が、数週間前に同窓会委員からあった。
長崎の小学生時代は私は学校近くの家だったものの、もう実家はそこにないので関係ないため、①はナシ。
このとき、私はまだ泊まるホテルを決めかねていた。中央橋近くのホテルも候補だったので、②中央橋から乗ろうかと思ったものの、そもそも「中央橋」という地名が私には馴染みがなかった。地図を見たところ、おそらく、繁華街の「浜の町」あたりのことだと思うし、浜の町なら馴染みがあるんだけれども、数年前に路面電車の電停の名前が大幅に変わってしまってからは、正直、どこがどこなのかよく分からないところもあった。自信がないので②もやめることにした。
③長崎駅前なら、地名が変わっているということもないし、まあまあ馴染みがあったエリアだ。私は中学時代、長崎の児童合唱団に入っていたことがあったのだけど、この合唱団の練習場所が、長崎駅近くにある、バスターミナルが併設されたビルの中だった。
③長崎駅前から乗ります、ということを同窓会実行委員に伝えた。この選択が、のちに大きく関わってくることになるとは全く知らずに────。
16時過ぎ、私は長崎駅前に到着した。余裕を持って早めに行って正解だった。長崎駅前は開発で大幅に変わっていたのは大きな誤算だった。長崎駅近くの「出島メッセ前」が集合場所となっているが、どこなのか分からず思いのほか迷ってしまった。
同窓会前日、最終確認の連絡が来た際、どこのバス停から誰が乗るかという情報も載っていた。長崎駅前から乗る予定なのは10人で、私以外は全員男子だった。
ホテルは結局、中央橋近くの宿をとった。なので、中央橋からの乗車にやっぱり変更してもらおうかな……と思ったものの、中央橋と長崎駅もそこまで遠くではない。直前に変更連絡するのも迷惑だろうと思ったので、結局そのまま、長崎駅前から乗ることにしたのだ。
長崎駅近くの、出島メッセ付近と思しき場所に着いたとき、スーツ姿の30代くらいの男性が既に二人いた。同級生たちかな、と思い、そっと視線を向けていると、やがて他にも黒い服の男性たちが現れ、「久しぶり」「おー」と次々と挨拶を交わし始めた。小柄なひと、ぽっちゃりしたひと、みんなそれぞれいろんな姿だった。
「こ、こんにちは〜」
確信が持てたので、私もみんなに向かって挨拶した。長崎駅から乗車する女子は私だけだから、名乗らなくてもすぐに分かってもらえたようだ。
「セミフォーマルってよくわかんないから、襟付きの服で来たんだけど」
「お前、今なんの仕事ばしよっと?」
男子たちは男子たちで盛り上がっている。私は折りたたみの日傘をたたみながら、そんな話を聞いていた。
「医者になったん!? すごかね。同級生で一番出世したんじゃなか?」
そんな男子たちの話し声が聞こえた。中1の頃に一緒のクラスだった○○くんと思しき男子が、隣のメガネ男子にそんな話をしている。
メガネ男子は××くんだ。私とは一度もクラスが一緒になったことはないけど、小学校も同じだった。確かに成績優秀だったような印象はあるから、医者になったというのも納得だ。彼の左手の薬指には指輪が光っていた。
「性病とか見よっとやろ?」○○くんがニヤつきながらそんな冗談を言う。
「ちんことか見ねぇよ」××くんが答える。
私は苦笑いしていた。大人になっても中身は中学生男子だったりするんだな〜。
そんなことをしているうちに、バスがやってきた。
同窓会会場にて
「あのときは、ごめん!」
「俺もさ、中学のとき意地悪してごめんね」
同窓会でまず驚いたのは、中学時代に私をつついたり蹴ったり、おちょくってからかったりしていた男子たちは、全員謝ってきたということだった。
「あっ、ああ、うん……」
あまり予想していなかった展開だったので嬉しかった。まぁでもよく考えたら、いじめっ子が同窓会で謝る……みたいなのはよく聞く話ではあるかな。
しかもみんな、「俺、□□□□」とフルネーム名乗ってから謝ってきたのはちょっと面白かった。確かにぱっと見、誰なのか分からない男子が多かった。
女子はみんな綺麗でありながらも面影もきちんとあるものの、男子たちは誰が誰なのか分からないひとも多かった。やんちゃなタイプだったひとも、控えめだったひとも、どちらも男子は分からない率が高かった。太ったり痩せたりメガネかけたり髪やヒゲを伸ばしていたりすると、こんなにも違うものなのかー、と思えるひとが多かった(女子はそもそも、メガネ姿や太った子はいなかった。あっ私は太ってる……)。
ただ、謝ってきたやんちゃ男子たちに引き換え、かつて私に聞こえよがしに悪口を言ってきた女子たちは、特に謝ることもなく「久しぶり〜」「今、どこに住んでるんだっけ?」みたいな話をしただけだった。中学時代、この子たちは巧妙で、「私の名前は出さずに、でも明らかに私の悪口を聞こえよがしに言う」みたいなことをしていたので、なんなら加害の自覚もなかったのかもしれない。
まぁ、別に謝ってほしい訳でもないし、普通に近況の会話ができただけでも「進歩」にも思えるけど、せめてこの子たちのお子さんは、同じような意地悪をするような子にはならないでほしいな(もちろん、いじめられる側にもならないでほしい)、なんてことを思った。
学年約200人中、60人ちょっとが来ているようだった。これは多いのか少ないのか分からないけど、多いほう、らしい。(ちなみに私が中1の頃は学年全体がちょうど200人で、40人ずつの5クラスだったが、2年になる頃に転校生が増えた関係で、2年生からは6クラスだった)
同窓会には、先生たちも3人来ていた。
私の中1の頃の担任だったA先生(男性、技術教師、当時20代)、
中2の頃の担任だったB先生(女性、数学教師、当時30代半ば)、
生徒指導のC先生(男性、体育教師、当時40代前半、現在は定年退職済み)だ。
たくさんいる先生のうち、来てくれた先生は全員私も知ってるひとで、しかも私の1年と2年の担任の先生はどちらも来れたなんて、すごくラッキーだな……!
みんな歓迎してくれるし、まるで、私のために開かれた会のようだな。そんなふうにすら思ってしまった。
同窓会では、「仲良しだった友達との再会」というよりは、男女とも「あんまり話したことなかったよね」というひとと話すことが多かった。仲のいいひととはそもそも個別に連絡を取ればいいし、付き合いが長かったひとだと、ネガティブな思い出もある場合があったり、昔みたいなノリでの会話ができずに戸惑うこともあるし、「あまり話したことなかったひと」と積極的に話してみる……というのは同窓会の良い使い方に思えた。
あと嬉しかったのは、私は長崎の中学時代は苗字で呼んだり呼ばれたりすることがほとんどだったけど、同窓会では下の名前で呼んでくれる子も何人かいた。私も、女子のことは何人か、下の名前やあだ名で呼べるようになった(女子は結婚で苗字が変わってるケースも多いから、という判断の結果でもある)。
思えば昔から、私は友達や先生のことをあだ名で呼ぶのが苦手だった。馴れ馴れしくないかな、厚かましくないかな……とか思ってしまって。今思えば、私は気を遣わなくていいところと、気を遣うべきところのバランスが色々おかしかったな、と思う。
「みんな、集合写真撮るよ〜!」
そんなことをしているうちに、同窓会は終盤になった。集合写真。背の低い私は前のほうに行ったほうがいいよね。詰めなきゃみんな入らないよね。近くのひとと間隔を空けないようにしなきゃ。もうコロナ禍じゃないし、私ももう、バイキン扱いされてた頃の私じゃない。
二次会会場にて
「わ〜、Rちゃん久しぶり!!!」
二次会は、生徒会長だった男子が経営する焼き鳥屋で行われた。
二次会から参加するというひとも何人かいて、私が中2の頃、最後にいちばん仲が良かったRちゃんもそのひとりだった。転校直後は手紙を書いたり、10年くらい前に電話したことがあったり、コロナ禍のときにインスタでメッセージのやり取りはしたけど、それにしたって久しぶりだ。
私は二次会では最初、店の奥のほうのイス席でA先生やC先生と話していたけれど、Rちゃんが来てからは席を移動し、手前のほうのイス席に隣り合って座っていた。私の右隣に座っていたRちゃんは、息子くんを迎えに行かなくちゃいけない都合で長居はできないみたいだったけど、短時間話せただけでも十分満足だった。
二次会ともなると、男子率が高かった。先生もB先生は帰ってしまった。
Rちゃんが帰ってからは、クラスは一緒になったことがなかった、比較的落ち着いた男子たちと話していた。
同窓会主催メンバーの、ちょっとヤンチャ系の男子や女子は、奥のほうの席で先生たちと何やら盛り上がっている。
中学時代に、私を理科室で殴ったり羽交締めにしていた不良の男子もいて、特攻服着てきてC先生に怒られたとか、少年院だの鑑別所だの、物騒なワードもちらほら聞こえてきた。
そんななか、私は■■くんと話していた。落ち着いたタイプのひとという印象だ。■■くんとは一度も一緒のクラスになったこともなければ、話したこともなかったひとだ。彼は「奥さんの地元が、私(wuzuki)の今の実家の所在地と近い」らしく、地元の話で盛り上がった。私の父の現在の仕事の話のほか、地名の話をしたりしていた。
「唐津にも東京と同じ漢字の地名あるよね。町田や神田」
「『ちょうだ』『こうだ』って、読めないよね〜」とか、そんな話をしていた、そのときだった。
「あっ、ごめんね〜」
そう言って誰かが私と■■くんの間に斜めに割り込んできた。かと思えば、よろけながら私の右脇の下に手を入れ、私の右胸を撫でてきた。一瞬のことだった。
「!」
えっ、と思って慌てて振り向く。メガネ男子の姿を確認した。
××くん?
「こいつ酔ってるから」みたいなことを言いながら、誰かが倒れ込んできた××くんを引き上げたような気はする。
今の、わざとだよね?
手つき、偶然でそんなふうにはならないよね────?
ショックを受けつつも、気を取り直して■■くんと話していると、しばらくしてまた同じことが起こった。
「ごめんね〜」と言って倒れ込みそうなフリをし、腕の隙間から手を入れて胸を揉んできた。××くんだ。
え……いや、わざとだよね?
残念なことに、今までの人生では何度も痴漢にも遭ってきた。手が尻や胸にぶつかったフリをして繰り返し触られるような痴漢は何度もあった。
今回も繰り返してる。わざとじゃないなら普通はぶつからないよう私から離れるはずだし、こうやって何度もしてくるのは、絶対わざとだ。
「酔ってる人たちはさ、もう、仕方ないよ」と■■くんは呆れている。たぶん、彼のいる場所からは、××くんが普通に倒れ込んで私と身体がくっついただけのように見えたんじゃないだろうか。
酔ってぶつかったんじゃなくて、明らかにわざと胸を触ってきたんだよ……
周囲にそう伝えたかったけど、言えなかった。
私はイスの向きを少しズラし、イスとイスの間を広げ「偶然を装って倒れ込む」のが難しそうな角度にした。
やがて■■くんは去り、隣には△△くんが来た。「今回の同窓会で、一番面影がない!」と言われていた男子だ。確かに面影はないけど、でも、可愛い系っぽいところは面影があると言えなくもない。
中学時代誰と仲が良かったとか、今の仕事の話とか、仕事のモチベーションについての話とか、色々な話をした。
────そんなとき、背中に違和感を感じた。誰かが服越しに、私のブラジャーのホック部分をスリスリと触っている。
慌てて振り向くと、そこには××くんがいた。私に見つかると彼は慌ててその場を離れていた。
周囲を見渡す。××くんはほかの女子にももしかして同じことをしている? と思ったものの、そもそも女子は少ない上、ヤンチャ系な女子たちはヤンチャ系な男子たちと一緒にいる。
ヤンチャ系な男女は、もともと交際関係でもあったのか?、膝に乗って話してるひとたちもいたり、初体験がいつだっただの、なかなか過激な話をしているひともいた。
「お前、中学ん時、貧乳だったよな〜」「俺、高校のとき性病かかったかと思って病院行ったんだけどさ、そのときケツの穴まで、こうやって見られてさ〜」とか聞こえてきたときは、△△くんと顔を見合わせ「なんか……過激だね」と苦笑したっけ。
そもそもきょう「性病」って単語聞くの、これで2回目だよ!
そしてしばらく△△くんと話していると、また同じことが起こった。
いつの間にかしれっと××くんが背後に来て、ブラホックをスリスリしている。私が振り向くとまた逃げた。
────!
明らかに私を狙って触ってきてる。どうしよう。
逃げたくはない。かといって声も上げられない。だってここは同級生のお店。楽しくみんなで飲んでいるところ。そんなところで揉め事は起こしたくない。せっかく「いじめられてない」立場になったのに。ここで騒いだら同窓会の楽しい空気が壊れちゃうってことくらい、空気読めない私でもわかる。
△△くんとの話もひと段落したので、私は席を立って移動することにした。
「セクハラされた? こっちおいでよ〜平和だよ」と、奥の席にいた**ちゃんが言ってくれた。もしかして、××くんにされたことに気づいてた? とも思ったけど、席も離れていたし、この軽い感じだと、執拗に何度も胸部を触られていたことまでは気づいてはいないだろうな、と思った。
奥の壁際のソファー席が空いていたので、そこに移動することにした。ソファー席なら背後から触られることはない!
「うづきさん、せっかくならこっちおいでよ」と、イス席に座っていた先生たちが隣を勧めてくれたけど、イスじゃ意味がない。
「あぁ、ソファー席、ゆったり座れていいなぁ〜」とわざとらしく言ってみた。何か気づいてほしい気持ちもあったけど、どうすればいいか分からなかった。
しかし────ソファー席の私の右隣に、いつの間にか××くんの姿があった。
私は慌てて右隣にバッグを置いた。いつまで続くんだ、この攻防。
「やめて」って言う勇気すら持てなかった。そもそもそれでやめてもらえるなら最初からしてないだろう。誰かほかの人を味方につける? 先生に言うとか。って、中学生じゃないんだからさ〜!
そもそも、(これはかなり偏見だけど)九州の地方都市の公立中の男性教師たちがどれだけセクハラに対する意識があるのか分からなかったし、そもそもここは同窓会会場で、酒も入っている。今は「先生」の姿じゃない。私はA先生のこととか、結構好きだったからこそ、下手に相談を持ちかけて絶望したくはなかった。
C先生みたいな体育教師や、不良・ヤンチャ系の男子を頼る? いやいや、そもそも彼らにそういう話をしたくないし、力づくで何かしてほしいわけじゃない。
女性のB先生は一次会で帰られてしまったし、ヤンチャ系の女子たちに言う? いや、でも彼女たちも、女性だからといって私と価値観が近いとは限らない。
さっきまで私と長く話していた△△くんは、学校の成績は悪かったと言っていた。そもそもスクールカースト的にもどういう立ち位置だったのかよく分かっていない。そう、そもそも医師になった××くんからすれば、ここにいるメンバーのほとんどより稼いでいたり成績も良かったりするだろう。もしかして、だからこそそれでは解消できないコンプレックスやストレスがあって、その捌け口に私が選ばれたんだろうか?
改めて見回すと、女性陣はみんなスレンダーな容姿だ。二の腕の太さも、胸の大きさも目立っているのは私くらいだ。
身体のラインが綺麗に見えるこのワンピ、一生懸命選んだんだけどな。
あの頃の「地味でダサくてキモくて不潔だった私」から抜け出したくって、メイクも服も小物も髪もネイルも靴も、頑張って選んでみたんだけどな。
身体には、交際相手がプレゼントにくれた香水をつけたりもしてた。
それが……………この結果かぁ。
こういう人を引き寄せるためじゃなかったのにな。
不良だったりヤンチャ系な男子たちからは、いじめたことを謝ってもらえたのにな。
次は、医者になったエリート男子に私はセクハラされるんだね。
尊厳を取り戻したと思ったら、今度はこの仕打ちかぁ…………。
あぁ………そうか………長崎では私は結局、男子のオモチャにされるしかないのか………。
同窓会で私が歓迎されたのも、「謝ってスッキリしたい」男子たちの欲求が満たされるから、というのもあっただろうな。
そもそも私はこの中学を卒業してない。呼んでもらえて当然の立場、じゃあない。自分の立場を全然分かってなかったのかもしれない。考えが甘かったのかもしれない。そもそもみんな「大人」になったわけじゃない。そもそも私だって、子どもの頃に想像していた大人の姿よりは、ずっとずっと未熟なわけだし。
三次会、そして……
「三次会、行く?」と、同窓会主催の女子のひとりから訊かれた。手持ちのお金がないから行くなら下ろさなきゃ、と言うと「1,000円くらいだろうから、あたし払うよ」「いや、あいつに払わせよう」とかなんとか話がまとまり、三次会まで行くことになった。
本当は翌日、早い時間に佐賀県に帰省するつもりだったのだけど、このままじゃ終われない、という気持ちのほうが強かった。
三次会の店は、不良だった男子の経営する、カラオケバーのようなお店だった。徒歩での移動中、私は何人かの男子たちと話をし、特に△△くんと話し続けていた。
私を触っていた××くんが三次会まで来るのか分からなかったものの、彼を近づけないためには男子がそばにいてくれたほうが良いと思ったからだった。△△くんが独身彼女なしという話も聞いていたので、トラブルになるリスクも少ない。
それにしても、今まで一度も話してなかったような男子と、こんなに話しているのは不思議な気分だ。中学生じゃないから、それを今更冷やかすひともいない。
まぁそもそも、××くんとだって私は多分話したことはない。そもそもこの20年以上、一度も思い出すこともなかった人たちがこの短時間で一気に「重要登場人物」としてのぼり上がってきている。
こういうことがあるのが、良くも悪くも同窓会の面白いところだよな、と思った。
店の入口に比較的近い席に△△くんと座った。その近くには、C先生と、**ちゃんが座った。その時だった。
「おい**、せっかくC先生が三次会まで来てくれよっとぞ。お前みたいなブスが隣じゃ、かわいそかろうが!」
と、ヤンチャ系な男子が言い、**ちゃんをC先生の隣からどかしていた。かわりにMちゃんがC先生の隣に来た。彼女は芸能活動をしている。
正直、「あー、九州の男尊女卑ってこういうことか……」と思ってしまったものの、これはどちらかというと、ヤンキー的な文化というほうが正確だろうな、とも思った。そもそも**ちゃんもMちゃんもヤンチャ系な男子も、みんな親しい同士という印象で、彼らの中では冗談として成立している範囲かもしれない。
そもそも私は「九州の男尊女卑」概念に懐疑的なんだよな。こういうことをいうと「あなたは恵まれていたんだ」と言われることがあるんだけど、そういうことではない。「男も女も、偉そうな奴はどっちも同じくらいいたから」だ。
そんなことをあれこれ考えたりもしつつ、私は△△くんと話していた。食べ物はほとんど食べず、私は申し訳程度に酒を飲んだあとは、ほとんど水だけを飲んでいた。
私から離れた、奥のほうの席に、いつの間にか××くんが座っていた。お疲れなのか、眠りかけているようだった。近くには○○くんたちもいる。
××くんのところまでコップを持っていって、水でもぶっかけてやろうか?
話題になってた読切漫画「保健の授業聞いてなかった奴」の終盤みたいに、メガネをぶっ飛ばす勢いで引っぱたく?
────いや、そんなことはできない。そんなことをしたら大ごとになってしまう。せっかく三次会まで平和に過ごせてきたんだ。ここで私が騒いだら、昔の、いじめられてた頃の私に戻ってしまう。いや、なんならもっと立場が悪いかも。××くんが、したことを認めるとも限らないし……。
私は結局、何もすることができないまま、三次会を終えた。
(次回に続く)