これからも君と話をしよう

一度はここから離れたけれど、やっぱりいろんな話がしたい。

筆跡と絵の入れ替わり、得意なものと苦手なもの

「え、えーっと………『き』はあってると思うよ」

「『る』も、書けてると思う!」

 時は1994年。岡山市内の幼稚園で5歳の私は、友達たちから苦し紛れのフォローを受けていた。

 画用紙で作ったノートの表紙に、それぞれの名前を書くことになっていた。もともとは先生が名前を書いてくれるはずだったが「自分で書く!」という子たちが次々と現れ、私も、つい「自分で書く!」と言ってしまった。

 ただ、私はほとんど字が書けなかった。かろうじて認識していた文字もひらがなとカタカナが混在していて、本名の「ふるかわみずき」を、かなり汚い字で「フるカわみずき」といった具合で書いていた。他の子たちはかわいい丸っこい字で、全部ひらがなで自分の名前を書けていたのに、ひらがなとカタカナの混在を抜きにしても、どう見ても私の字だけ明らかにものすごく下手だった。

 表紙にみんなでおそろいで描いた、パンダのイラストはかろうじてまだまともだった気もするけど、「ぱんだ」の字もまともに書けず、「パんだ」のようなめちゃくちゃな表記をしていた。

 

 3月生まれの私は、ほかの同級生たちに比べて色々なことが未熟だった。筆跡もご多分に漏れず、かなり下手だった。自分の名前「ふるかわみずき」と書いてみても、まともに読める字が2文字しかないと友達から言われてしまう始末だ。(しかし2月生まれの友達はまだ綺麗な字を書いていたし、発育の差を抜きにしても下手だったと思う)

 字が下手なのは、小学校に入学しても変わらなかった。

 鉛筆を使った、習字の時間。私はあまりにも下手なものだから、お手本の紙をこっそり下に敷いて写そうとしたこともあったけど、ほかの同級生に見つかってしまった。「すぐに上手くなるから」と先生からは励まされたけど、じゃあいつ私は上手くなるの、と涙ぐんでしまった。習い事で習字にも通っていたけど、あまりにも注意されるものだから、帰りは泣きながら帰ったこともたびたびあった。上達した実感はなかった。

 

 転機が訪れたのはいつだったかは覚えていない。ひらがなはろくに書けなかった私だったけど、漢字だけは同級生より少し知っていた。運動会の作文を書いていたとき、隣の席の同級生から覗き込まれて「へぇ。『玉』ってそう書くん?」と言われたとき、「私は、漢字ならほかの子より書けるかも!」と自信を持つことができた。

 そして、字のうまい他の子の筆跡がどのようなものなのか、注意深く観察するようになった。「『し』を書くときは、上のほうを少しクルンと丸くしたら綺麗になるな」といった感じで、「綺麗に見せるコツ」を少しずつ掴んでいった。

 

 小2になる頃には、少しは字が上手くなったと思えた。ただ、それでも習字で賞を獲ったり「上手な字」として選ばれるようなことはなかった。

 小3になる頃には、鉛筆では割と綺麗な字が描けるようになったと自分では思えたけれど、この頃から習字の授業では、墨汁と筆を使った「毛筆」のみになっており、鉛筆での字の上手さで賞を狙うことはできなかった。

 

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 小さい頃は字は下手だった私だけど、絵や工作はまあまあ褒められることがあった。

 小2の頃は、図工の授業で作った立体作品をコンクールに出展してもらえた。

 小5の頃はノートに友達と漫画を描いていたら(ストーリーは友達が担当し、私は作画)、その様子を見ていたクラスメイトから「上手ーい!絶対マンガ家になれるよ」と言われてくすぐったい気持ちになったこともあった。

 小6の頃、図工の授業で学校近くの橋と川を描いた絵や、切り絵で作った版画も、同級生や先生が褒めてくれるのをたびたび耳にした。

 中1の頃は、スケッチ大会で描いていた下書きの絵を覗き込んだ同級生から「うちのクラスに金賞をありがとう」なんて言われたこともあった(色をつけたらなかなか微妙な絵になってしまい、受賞は逃した)。

 中2の頃は、スケッチ大会で金賞は逃したものの、確か銀賞か銅賞は取ることができた。(スケッチ大会当日に、いじめ関係でクラスメイトと揉めており、メンタルがぐちゃぐちゃだった割にはよくやったと思う)

 中3の頃は、夏休みの宿題として出された防災ポスターコンクールで佳作を取ることができた。これは構図やストーリー性が自分でとても気に入っていたので嬉しかった。

 

 ……ただ、それ以降は勉強が忙しくなったこともあり、あまり絵を描くこともなくなっていった。なので画力が「中学生にしてはまあうまい(クラスの2〜3番手くらい)」のまま大人になってしまった。

 

 そして大人になってから、私の描くイラストを見た友人から「子供が描く絵みたいだね。三峯徹みたいな感じ」「あなたが描く絵、上手いって思ったことはないな」と言われてしまい、画力が子供で止まっていた自覚はあったものの、下手だということを「初めて言われた」ので衝撃を受けてしまった。

 なんだろう。たとえば幼少期から「美人」と言われ続けてきた人が大人になり「ブサカワ系だよね」とか言われたらこんな気分なのかな……?と思ってしまった。違うか。

 

 

 そして意外なことに? 大人になってからは、字だけはやたらと褒められていた。

 さほど仕事のできない私だったが、宛名書きなどは「字が綺麗だから」ということで任せてもらった会社が複数あり、お見合いでも、会いたいと思ってもらえた決め手が「手紙の字の綺麗さ」だったことがあった(このお見合いは破談になったけど)。

 え、幼少期、あんなに「読めないくらい字が下手」で、自分の名前7文字中2文字しか綺麗に書けなかった私が「字が綺麗」扱いされてるの? おかしくない? 習字や書道で賞状もらったりしたこと一度もないよ? ……なんてことを、時々ふっと思ったりする。

 

 逆に言えば、幼少期につまづいたことはいつまでも「苦手なもの」意識がうっすら残りやすいのかもしれない。なかなか難しいものだなぁ、なんてことを思う。

 

 

今週のお題「苦手だったもの」

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