これからも君と話をしよう

一度はここから離れたけれど、やっぱりいろんな話がしたい。

Tourism of the Dark ──誰も知らない私について──

「せんせー! 個人的なトラウマのある場所を訪れることはダークツーリズム*1に含まれますかー?」

 

 今回語ることは、これまであまり語らなかった私にとっての真実だ。

 ただし、この記憶の正確さには自信がない。

 ひとによっては、ショッキングなことを彷彿とさせる内容かもしれない。フラッシュバックが起こるかもしれない。そのような危険性を感じた場合には、端末の戻るボタンやホームボタンを押して欲しい。

 残念ながら非常ボタンではないので、私が駆けつけることはできないけれど。

 ※この記事は、サークルクラッシュ同好会 Advent Calendar 2018の14日目の記事として書かれています。サークルクラッシュ同好会のブログはこちら

 今年のテーマも、昨年と同じく「こじらせ自分語り」。今年も書かせていただきました。ちなみに昨日の記事は、id:silloi(@silloi93)さんの「自分語りやめろ、トレーニングをやれ」でした。

 2017年7月

 夏、しかも去年の夏なんて、暑かったかどうかもあまり覚えてないけれど。
 この時期の私は、ある記憶を頻繁に思い出してはじわじわと不快感を抱いていた。
 どうして思い出しちゃうかなぁ……。しばらく忘れかけていたというのに。

 ────あぁそっか。「ブラックボックス展」の騒動がニュースになっているからか。

 
 暗闇の中で行われる展示ブラックボックス展」の会場で発生した、性被害の告発。そのことがあらゆるメディアを賑わせていた。

 ブラックボックス展。アート系の活動をする友人から、この展示の告知ハガキを私ももらったことがある。結局行けなかったけど、行かなくてよかった。

 やたらとフラッシュバックしていた私の記憶も、確かにこの件と近いところがあるかもしれない。

 あぁ、だからなのか。思い出してしまうのは────。

 

 2001~2002年

 ────時代は、今から15年以上も前にさかのぼります。

 舞台は九州の地方都市────

 小学校時代の友人とは意図的に距離をとっていたこともあり、中1の頃は、友達と呼べる存在はほとんどいなかった。
 そしてきっかけは覚えてないけれど、ちょっとワルぶってる男子に目をつけられて、彼にやたらといじめられるようになった。

 中学1年の春とか夏とか、まだ暖かい季節だったと思う。その日は理科の授業中、実験だったかビデオ視聴だったかのために理科室内の電気を消し、カーテンも閉めていた。理科室は真っ暗だった。

 この理科の授業中、私はその男子にずっと殴られていた。
「やめて」とか、多少の抵抗はしたような気もするけど、大ごとにしたくなかったので、声を上げることはしなかった。

  理科担当の女性教員は気づいていなかった。近くの席のほかの生徒は気づいていたかもしれないけど、まぁ、不良っぽい男子が暴行してるところになんて普通関わりたくないよね……。

 私は顔を中心に殴られていた気がする。殴られた部分はヒクヒクと痙攣していて、しばらく震えが止まらなかった。
 授業が終わったあとに保健室に行った。「顔を冷やしたい」と言ったら養護教諭に事情を訊かれた。そこで、理科の授業中の出来事はほかの人にも伝わるところとなった。

 理科教師は「授業中、気づかなくてごめんね……」と謝った。私は「暗かったので仕方ないです」と答えた。
 私の親も呼ばれたような気もする。親は、私を殴っていた男子に「今後、娘に関わらないで。指一本触れないで」と言ったようだ。

 実際、その後はこの男子はしばらくおとなしかった。でも、秋には再び暴行を加えられるようになった。
 一時期は毎日のように、ほうきを使って羽交い締めにされかけていた気がする。殴る蹴るの暴行もあった。

 

 私をいじめていたのはこの男子だけではなかった。私を蹴る男子はほかにもいた。毎日のように、制服につく白い靴跡を払った。成長期に入った男子の筋力ってこんなに強いのか、とショックを受けた。
 さらに別の男子からは、暴力こそなかったものの、下ネタを言われたりやスキンシップを求められたケースもあった(無視したり逃げたりした覚えがある)。また、「臭い、キモい、菌がうつる、腐る」と言ってバイキン扱いする人は全体的に多かった。私を避けたいのか触りたいのか、どっちなんだ。
 中学2年になってからは、一部の女子グループから頻繁に、聞こえよがしな悪口を言われていた。彼女たちは文脈からして明らかに私の悪口を言っているけど、名指しはしないので反論できない……という絶妙なところを突いていた。「うわ、なんか笑いよるし」「まじキモか。身障じゃ」などと言い、私のすぐ近くで笑いあっていた。

(こうして書いてみると、このいじめには特に首謀者はいなくて、あちこちのグループがそれぞれ違う動機や目的を持って私をいじめていたように感じるな。もはや興味深い)

 

 じぶんでも奇怪だなと思うけど。男子たちから暴行されるのは、今にして思えばそれほど嫌ではなかった。むしろ、女子グループから目の前で陰口を叩かれるほうが、舐められている感じがして不快だった。目の前で悪口を好き放題言われて、でもそれを論破できない自分の姿を突きつけられるのも辛かった。

 持ち物を隠されたり、汚されたり、悪口を書かれたりすることもあった。これらに関しては、発覚した瞬間に一時的にショックは受けても、そこまで辛いとは思わなかった。(このテのいじめはあまりなかったので、金銭的・物理的にはさほど損害もなかった気がする)
 男子から一方的に暴行されるのは、ある意味では楽だった。その場の痛みにひたすら堪えればよかったから。男女で筋肉量も違うから、「一方的にいじめられるだけで何もできない、弱い自分」という立場になるのは仕方ないと納得もできた。←そこ納得するところか?

 今にして思えば、そうやって暴行され、広い意味で「カラダを許す」ことでしか、男子とのコミュニケーションの取り方がわからなかった気がする。あぁ、我ながらなんて歪んでるんだ。同級生の女子から「じゃれとるんやろ?」みたいに言われたことがあったけれど、否定できなかった。
 ただ、私にも当時、好きな人はいた。ほかの男子に暴行される反動からか、どちらかというと真面目で落ち着いた雰囲気の人を好きになることが多かった。でも特に接近するきっかけもなかった。
 そんな中、親の転職の関係で隣県に引っ越すことか決まった。中学2年の冬だった。 

2003年2月

 転校先の学校については、正直あまり期待していなかった。

 次の学校では舐められない、いじめられないようにしよう……と心に誓いながら迎えた転校初日。
 拍子抜けした。みんな優しかった。クラスメートから下の名前で呼んでもらえるのがこんなに嬉しいなんて。こんな中学校生活もあったなんて。

「人生、ようやく反転した」と思った。

 嬉しさも感じた一方で、「成長期の男子の力の強さなんて、別に身をもって知る必要ないことだったんだな……」と過去を思い出して悲しくなったりもした。12歳だった私には、それはあまりにも重すぎた。

(すこし話はズレるけど。犯罪者が逮捕されたニュースについて、ネットユーザーの投稿を見てみると「こういう奴とは一生関わりたくない」というコメントをたまに見かけることがある。そのたびに私は「関わりたくない、って言えるだけいいよ。すでに関わってしまったらどうすればいいんだ……」なんて気持ちになる)

 転校先の学校でいじめられなくなってからも、多少の緊張感は常にあった気がする。理科の授業中に電気を消すたびに、つい身体をこわばらせてしまっていた。

 

 やがて塾に通うようになり、クラスメート以外の友達も増えた。勉強の話もしたけど、「好きな人っていないの?」なんて話にもなった。この頃の私は、男性には恋愛感情を持つことができなかった。そういった対象は女性だった。当時はそれを自覚するのが自分で嫌で、恋愛系の話題を振られないようにしていた。

「私はおかしいんじゃないか」と悩むようなことはなかった。それだったら、前の学校で自分を暴行させるように仕向けていたことのほうが、同性愛よりよっぽど「おかしいこと」だと思ってた。

2004年以降

 高校生や大学生、大人になってからは、男の人とまともに(?)交際することもできた。好みのタイプはあまり変わらなかった。頭のいい人、真面目そうな人、落ち着いた人、オタクっぽい人などが好みだった。恋愛経験・性経験がない人と付き合うのは、特に安心できて嬉しかった。

 たまに不思議に思うこともある。一歩間違えていたら、私はいわゆる「DV男」みたいなひとと付き合うことになっていたんじゃないか、って。

 幸いにして、そのようなひととは縁はなかった。中学前半時代、殴られようが蹴られようが嫌じゃなかった自分のことは「歪んでいる」って思ってたけど、心の底ではきちんと傷ついて、きちんと「嫌」だと認識できていたのかもしれない。そうだといいんだけれど。

 子どものいじめは自殺や不登校なども問題視されがちだけど、こうして大人になってから表出する禍根もある。そういうことを痛感する、最近。

 

 もうすぐ2018年も終わるけど、すこしでも私やあなたが幸せを感じられる世界が訪れることを、願わずにはいられない。

 そんな冬の夜。あまり明るくはない、思い出話。

 

 サークルクラッシュ同好会Advent Calender2018。明日の担当は、syuumatudannsi さんです。お楽しみに。

 

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傷を愛せるか

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*1:戦跡や災害被災地など、悲劇・死・暴虐にまつわる場所を訪問する観光のこと。