これからも君と話をしよう

一度はここから離れたけれど、やっぱりいろんな話がしたい。

紙コップと賑やかなリビング

 

 2013年春────

 

「お邪魔しま〜す」

 なにか新しいことが始まりそうな、春特有の高揚感。さわやかな夕風とともに、友人たちが私の部屋に上がって来た。

 神楽坂の小さな1LDKに6人が入ると、部屋はもうぎゅうぎゅうだ。でも、その距離感もどこか心地良かった。友人たちはスーパーで買ったお惣菜やお酒をレジ袋から取り出し、テーブルや床に並べ始める。私も紙コップと紙皿、割り箸をみんなに配る。

「ようこそ!」

 

※この記事は、「シェアハウスのアレコレ Advent Calendar 2019」の17日目の記事として書かれています。

 

 就職を機に、神楽坂のマンスリーマンションで暮らし始めた私は24歳になったばかり。
 東京で暮らすのはいつぶりだっけ。代々木から引っ越したのが小4の終わり、1999年の3月だから、えーっと、14年ぶりの東京暮らしか。時が経つのは早いなぁ……。

 とはいえ、今、神楽坂の部屋に集まっているのは幼少期からの友達ではない。全員、つい最近、大人になってから知り合った友人たちだ。

 

*** 

 きっかけはTwitterだ。東京に引っ越したばかりのある日、相互フォローの友人からひょんなお誘いがあった。「社会問題について話すインターネット番組『ジレンマ×ジレンマ』を運営しているんですけど、よかったら観覧に来ませんか」というものだった。ところが直前になり、登壇予定だった1人が来れなくなってしまい、なんと私が登壇することになった。

 この「ジレンマ×ジレンマ」の放送が行われたのは、インターネット系のシェアハウスギークハウス水道橋」。数ヶ月に一度の不定期のペースで、このシェアハウスの1階スペースを借りてUstream配信を行っている。

「ジレンマ×ジレンマ」は、NHKで放送されている番組「ニッポンのジレンマ」のパロディ番組だ。社会問題や福祉、政治、報道などに興味がある20〜30代の有志で運営している。そういう話は私も好きだったので、メンバーのみんなともすぐに仲良くなった。

「ジレンマ×ジレンマ」の懇親会の様子。2013年、ギークハウス水道橋にて。

 

***

 友人たちが神楽坂に来てくれたこの日は、テレビ番組「ニッポンのジレンマ」の鑑賞会を私の家で行った。お酒を飲みながらあれこれツッコミを入れつつ、ワイワイおしゃべり。何の話をしたっけ。共通の友人知人の話や、学生運動や就活、ジェンダー、働き方の話で盛り上がったっけ。

 あぁ、こういう刺激的な話ができる友達っていいな。これからもみんなと仲良くできたらいいな。もっと大きなことができたらいいな────。 

 

 あっという間に、みんなが帰る時間となった。

「きょうはありがとう! また遊ぼうね~!」

 みんなを見送ったあと、私は改めて片付けを始める。使用済みの紙コップや紙皿、割り箸、食品の包装をゴミ箱に入れる。余った紙コップや紙皿、割り箸は、また宅飲みするときに使おう────。

 

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 2013年5月下旬、私は梱包した荷物を郵便局に運んでいた。3ヶ月の神楽坂暮らしも、きょうでおしまいだ。マンスリーマンションでの短期間滞在だったので、荷物も少ない。

 神楽坂はとても住みやすいまちだった。おしゃれなお店もあり、スーパーやドラッグストア、100均も近い。地域猫も暮らしている。見知らぬおばさんと軽く会話を交わすような、下町らしさも残っていた。それでいて交通の便はとても良いし、治安も申し分ない。できることならまた神楽坂で暮らしたい、また都内で暮らすことになったら、今度は神楽坂の文京区方面に住んでみたいなぁ────。

 

 そう、私はこれから名古屋に引っ越すことになる。名古屋で6月から3ヶ月過ごしたあと、東京か名古屋のどちらかで配属先が決定する。

 

名古屋市昭和区

 

 2013年6月から名古屋暮らしが始まった。3ヶ月が経ち、配属先は名古屋に決定した。

 期待に胸を弾ませた名古屋生活だったけれど、なかなか思うようにはいかなかった。

 まず、なかなか同年代の友達ができなかった。できたとしても、1人ずつバラバラのコミュニティで知り合った人が多く、神楽坂にいたときや、京都で過ごした学生時代のような「みんなでワイワイ」するような交遊関係は築けなかった。

 

 名古屋のコミュニティとして特徴的だったのは、世代を跨いだコミュニケーションが多かったこと。学生時代や神楽坂では、同年代の若者で集まるコミュニティが多かったけど、名古屋で出入りしていた場所はどこもいろんな世代の人がいた。女子高生からおじいちゃんまでいるようなアートコミュニティや、二十歳前後の学生から年配の大学教授までいる読書会、親子で参加しているようなボランティア団体は、それはそれで町内会っぽさがあって新鮮だった(20~30代の親とちっちゃい子、というパターンもあれば、50~60代の親とアラサーの子、のパターンもあった)。

 ただ、町内会っぽいコミュニティにはどこか居心地の悪さを感じることもあった。幼少期から引っ越しが多く、ひとつの地域で短期間しか暮らさなかった私は、昔からその地域にずっと住んでいる人たちが多い集団には疎外感を抱くことも多かった。

 

 

 名古屋に馴染めなかった私は、数ヶ月に一度は関西に遊びにいっていた。京都で学生時代を過ごした私は関西にも知り合いが多く、京都や大阪の読書会や講演会、滋賀のアートイベントなどに足を運んだ。名古屋からなら、片道の交通費も2,000円程度に抑えることができる。

京都大学

 

 宿泊場所としては、シェアハウスのお世話になることが多かった。

 京都の「蟻の巣」「ファクトリー京都」には何度も泊めてもらったし、「学森舎」にも遊びにいった。大阪だと「中津の家」にお世話になることが何度かあった。

 東京に遊びに行くときも、野方にあるシェアハウス「妖怪ハウス」に泊めてもらおうとしたこともあったっけ(私のことをTwitterでブロックしている人が住んでいると知ったので、結局泊まらなかったけど)。

 

シェアハウス「蟻の巣」

 

***

 名古屋は東京よりも家賃は安い。都心ならボロアパートを借りるのが関の山であろう家賃で、駅徒歩1分、10畳、築浅でオートロックで宅配ボックス付き、複数のスーパーやドラッグストアが近いという、とても恵まれた物件に住むことができた。でも肝心の、家に呼べるような友達がなかなかできなかった。特に女友達を作ることが難しく、2年4ヶ月住んだ中で、二人で一緒にごはんに行けるような女友達は1人しかできなかった。

 深夜まで営業しているスーパーが近所にいくつもあったのは便利だったけど、宅飲みの買い出しであろう若者グループを見るたびに、なんで私はこんなところにいるんだろう……と胸がキュッとした。

 神楽坂のマンションから持ってきた紙コップも紙皿も、ぜんぜん減ることはなかった。だって宅飲みする友達グループがいないから。

 やがて名古屋で恋人ができた。ここで覚悟を決めて、名古屋に骨を埋めるのもアリかもな……と思ったこともあったけれど、結局、交際は長く続かなかった。

 これから、どうすればいいんだろう────。

 

名古屋市東区

 

 そんなある日。忘れもしない、2015年7月のこと。

 母が重い病気になった、という知らせを受けた。

 東京の病院のお世話になることになるらしい。これから介護も必要になる。勤務先に事情を話し、私は東京への異動が決まった。

 あんなに戻りたかった東京暮らし。まさか、こんなカタチで実現することになってしまうなんて。なんて皮肉なんだ────。

 

 絶望と希望を詰め込みながら、2015年9月、私は名古屋から東京へと転居した。

 

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 2年4ヶ月ぶりに再開した東京暮らし。名古屋での生活が嘘みたいに、たくさんの友達ができた。たくさんのお誘いもあった。たくさんのシェアハウスにもお邪魔した。

 そんな私には、やってみたかったことがあった。

 自分の誕生日会だ。

 成人してからは、誕生日はひとりで過ごすか、恋人や友達と遊ぶことが多く「大勢の友人を招いてのパーティー」というものはやったことがなかった。

 

 そして、2016年3月2日。かつてギークハウス水道橋で知り合っていた、友人の平田さん(id:tomo31415926563)の協力により、シェアハウス「妖怪ハウス」を誕生日会の会場として使わせてもらえることになった。

 この家はいわく付きな物件でもあった。私のことをTwitterでブロックしていた人が住んでいると聞いていたが、その人は退去したのち、やがて自殺してしまったらしい。また、私の誕生日はオウム真理教麻原彰晃と同じなのだけれど、この「妖怪ハウス」は、かつてオウム真理教病院があった場所にできたシェアハウスだという。

 そこに、さまざまな年齢、職業の人物が集められて誕生日会が開催される……というのはまるでミステリーの舞台のようなシチュエーションではあったけれど、特に事件が起こるようなことはなく、誕生日会は無事に開催された。

 平日の夜だというのに、17人も集まってくれた。

 私は誕生日会のために、紙コップや紙皿、割り箸を持ち込んでいた。2013年から3年間、保管していたものもある。

 

 仕事が終わった友人たちが順番に到着する。みんなが次々、それぞれの紙コップに飲み物を注ぐ。割り箸を使い、オードブルを紙皿に移す。あんなに残っていた紙皿も紙コップも、どんどん消費されていった。

 あぁ、そうだ、これだよこれ。私が恋しかったのは、この感覚だ。

 友達が集まってくれて、みんなでお酒や食べ物をつまみながら交流すること。

 友人同士で買い出しに行ってくれること。交友関係が繋がっていくこと。

 そういったワクワク感の象徴が、私にとっては紙コップと紙皿だった。

 友達たちとの宅飲みも、バーベキューもお花見も、思えば随分ご無沙汰だったな。

 

 あぁ、居場所があるっていいな。

 集まれる友達がいるっていいな。

 大勢集まれる広いリビングがあるっていいな────。

 そんな「戻ってきた」感覚を噛み締めながら、27歳初日の夜は更けていった。

 

(P[か]4-1)誕生日のできごと (ポプラ文庫ピュアフル)

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徹底討論!ニッポンのジレンマ

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  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2012/03/03
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