お待たせしました。2022年上半期読んで良かった本ランキング、この前は「ノンフィクション編」を書いたので、今回は漫画や小説などの「フィクション編」を紹介します。
この時期に発売された作品というわけではなく、私がこの時期に読んで良かった本を紹介します。(漫画に関しては、期間内に最新刊・最終巻まで読めたもののみ紹介)
10位 未来を変えるレストラン
児童書。作者の小林深雪さんの長年のファンなので読んでみました。
この作者は作風としては甘めな恋愛小説が得意な人でしたが、最近の児童書では恋愛要素が薄かったり、ないものも多くてそれはそれで良い感じ。
主人公のサラは、シェフを目指すお料理好きな小学生の女の子。外国ルーツという設定を紹介する際も「ハーフ」だけでなく「ミックス」という呼称もあることをサラリと書いているのも個人的には好きです。作者が昔から得意としている「お料理好きな少女の成長物語」の要素と、児童書ならではのまっすぐなメッセージが伝わってきて、安心感を持って読めます。
個人的には、冒頭に、和歌山のアドベンチャーワールドと思われるテーマパークが出てきたのが嬉しかったです。「日本のフードロスの特徴としては、家庭からの廃棄率も高いということが挙げられる」という点も勉強になりました。
9位 サマータイムレンダ
今年の春〜夏アニメにもなった漫画。和歌山の離島を舞台にしたSFチックな漫画です。ジャンプコミックスから出ていて全13巻。
この漫画の作者は、和歌山出身の友人・ぷらとろさん id:platoronical の同級生ということを知ったのと、和歌山出身の別の友人と仲良くなって2月に和歌山旅行をすることが決まったのもあり、読んでみました。
だんだん設定が複雑になりちょっとついていけない部分はあったものの、「影」と呼ばれる化け物の特徴を掴んで戦略的に攻撃していくところとか、地域の伝説が出てくるところなどは割と好み。カバー裏の細かい設定もかなり手が混んでいてすごいなぁ、と思います。あと、私は下水道関連の仕事をしているので、「影」は下水道を使って移動している……という設定やマンホールの描写がリアルなのも良かったです。(実際の和歌山の下水道普及率は低いようですが……笑)
最終話は、あのキャラはそうなったか、なるほど……! という感じ。想像していたよりも素敵な展開でした。
アニメでは、ヒロイン・潮の声が思ってたより甘い感じだな、と思ったものの、漫画では分からなかった方言の雰囲気などが掴めて楽しめました。
8位 瑠璃の宝石
宝石が欲しい女子高生のルリが、大学院生の女性とのひょんな出会いから鉱物採集をすることになる物語。現在2巻まで出ていて、10月に3巻が出るようです。
私は地理学専攻出身なので、地図から鉱石の出る場所を読み解くシーンはテンション上がります。……が、読んでいて気になったのはお色気描写。
青年漫画だからお色気描写があるのは分かりますが、私はそこはノイズになってしまいました。
内容がなまじ本格的なぶん、服装やポーズがいかにも漫画のサービスシーン的なのに違和感、というか。実際の女性は、こんなに下着や身体のラインが見えてしまう服でアウトドアには行かないよね……とか思ってしまったり。
宝石は女性も好むものなので、そういう点では女性が読んでも面白さがありそうですが、不自然なお色気描写で女性読者を遠ざけそうなのがとにかく惜しかったです。2巻では特に気にならなかったので、そのまま続いていけばいいなと思います。
キャラは、メインのヒロイン2人よりも、メガネの女性・伊万里さんが一番可愛いと思いました。鉱物採集にも行ってみたくなります。
7位 きらきらひかる
ずっと気になっていたものの読めていなかった作品。今年、読書会の課題図書になったのもあり、ようやく読みました。
昔は「アル中の妻と同性愛者の夫とその恋人の話なんて、私とは別世界のお話かも……」と感じて、どうにも食指が伸びないままでいましたが、いざ読み始めたらすんなり読めました。
同じ著者の作品なら別の作品のほうが好みだとは思ったものの、この作品に流れる少女小説のような雰囲気は嫌いではないです。「ホモ」「エイズ」などの単語が出てくるところには時代を感じるものの(もともと1991年の作品)、世間の常識を息苦しく感じる登場人物たちの気持ちは、今にも通じるところがあるように思います。
詳しい感想などは、noteにも書いたのでリンクを貼っておきます。
6位 波打ち際の蛍
ずいぶん前に買って積読していました。高校〜大学時代にかけて島本理生作品はいくつか読んでいたので、こういう作品を好んでいた時の自分が少し懐かしいな、と感慨深くなりながら読みました。
DVを受けて傷ついた主人公・麻由の、ひと夏の出会い……からの回復を描いた物語。どこか儚げな麻由の感情には共鳴するところも多くあります。私の周りの人間関係とも重なる部分もありました。卑近な言い方をするなら「メンヘラ」的な感受性を持つ人に寄り添うような作品かもしれません。
麻由がマッサージをするシーンにも親近感を覚えたものの、私は麻由ほどの察しの良さはないので、その感覚は羨ましく思う部分も。やっぱり島本理生作品は心理描写が心地よくて丁寧で、ひとつひとつの描写が光ります。
あと、本筋とは関係ないエピソードではありますが、健康診断のバリウムのくだりをそんなふうに描写するのか……なんてことも思ったシーンもありました。
そして、この作品は麻由の周りの人たちも魅力的。蛍も素敵だけど、さとる君のキャラ、好きだな。カウンセラーの加藤先生の「信頼」について語るシーンも好きです。
5位 こちら副業推進部、事件です!
この本の作者は、私の家族の友人。東大出身で、現在は一部上場企業のIT企業の取締役とのこと。そんな人が書いた「このミス」受賞作……ということで気になって読んでみました。今年いちばん最初に読んだ小説です。
副業が推奨されることになった会社で、殺人事件が発生。副業推進部の部長となった早苗は、怪しげな副業を始めた社員と一緒に事件解決に立ち向かう……といったあらすじ。ストーリーの展開自体は割と淡々としていて、どちらかというと設定の面白さが優った感じ。
あと、登場人物の名前に、やたらと実在の政治家を意識したものが出てくるのにも少しニヤリとしてしまいました。
著者は大学などでベンチャー企業の立ち上げにも関わっているようなので、そういった知見をもとにした作品が出てくるのも期待したいところです。
4位 科警研のホームズ
喜多喜久作品は好きでいくつも読んでいますが、割と一気に読めてしまったものと読むのに時間がかかったものの差が激しいです。これは読むのに時間がかかったほうですね。
これは、警察の科学捜査の部署に異動となった若手たちがさまざまな謎を解いていく連作短編集。この巻には4編の作品が収録されています。
特に面白かったのは、双子のどちらが犯人なのかを突き止めていく、第三話「惜別のロマンティシズム」。双子のどちらかが犯人なのは確実だけどDNAでは判断できない、さてどうするか……という展開には私もドキドキ。
途中、著者の他のシリーズ「死香探偵」を連想させる「現場の空気を回収して分析」なんて台詞が出てきたのには思わずニヤリ。あと個人的には、登場人物の大学院時代のの研究テーマが「都市部における洪水の浸水エリアの予測」なんて内容だったのもツボでした。この作者の作品は、大学や研究所がよく出てくるところも私好みです。
タイトル、「科捜研(かそうけん)」ではなく「科警研(かけいけん)」なのに注意。
3位 動機探偵 名村詩朗の洞察
「動機探偵」シリーズの2作目。この作者のシリーズは、前述した「科警研のホームズ」「化学探偵Mr.キュリー」「死香探偵」などがありどれも気に入っていますが、この「動機探偵」も好きなシリーズになりそうです。こちらも連作短編集。シリーズの2作目です。
(前作については、去年、紹介しています)
「人間の心理分析のために、日常の謎を集める」という設定もいい。思わぬことが手がかりになり次々と謎が解けていくのは痛快です。
個人的には前巻よりも好きです。どの謎も思わぬことが手掛かりになっていて、現実にはそんなに上手くいかないからこそワクワク。私がよく行く場所の地名が出てきたので親近感を抱くシーンもありました。
最後の話は、これ、実際に起こったあの件が元になってるよね……? と思える設定で、どういう展開になるか期待していたら、まさかの展開。
研究と倫理と感情で揺れ動くところは、著者の別のシリーズ「死香探偵」とも似てるものを感じます。だんだん恋愛ネタが多くなってきたり、キャラも増えてきたものの、新キャラも誠実な態度の人で安心して読めそうです。
2位 豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ事件
倉知淳作品も好きでよく読んでいます。こちらは、雰囲気の異なる6つの短編が収録されており、さまざまな読後感を楽しめる贅沢な一冊。
冒頭の「変奏曲・ABCの殺人」は、この本を読む前に実際の通り魔事件に関する本を読んでいたので苦々しさを感じたものの、バカっぽさも痛快さも苦々しさもある奇妙な読み応え。
AIとの社内コミュニケーションをめぐる「社内偏愛」は、SFの不条理劇として読みました。ストーリーとしてはもう一捻り欲しかったけど、設定は好みです。
お菓子好きな専門学校生が殺された「薬味と甘味の殺人現場」は、(著者の別作品を読んだときも思ったけど)女性像がやや不自然なのが惜しい。
田舎に帰省した女性が主人公の「夜を見る猫」は、オチもすぐに分かったけど安心感のある作品。
ユニークなタイトルの表題作は、著者の別作品を読んだときの影響もあり、時代設定を深読みしてしまいました。文体まで当時に寄せてあるのも面白い(やや読みづらくはあったけど)。こういうところにこの著者の魅力を強く感じます。
ラストの「猫丸先輩の出張」に出てきた研究所は、私が以前行ったつくばの研究所の一般公開での様子を連想し、勝手に少し懐かしくなったりしました。
どの作品がすごく好み、というのはありませんでしたが(強いていうなら「夜を見る猫」かな?)、この作風のバラバラっぷりがやっぱり私は好きなんだな、と感じました。
1位 サーキット・スイッチャー
いやぁ、まさかこの作品がこんなにドンピシャだとは思わなかった……。
こちら、ハヤカワSFコンテストの優秀賞となった作品。現役ITエンジニアが描いた、自動運転が普及した近未来を舞台としたSFサスペンス。スタートアップ経営者の主人公・坂本が謎の男に自動運転車をジャックされるところから物語は始まります。
SFは普段あまり読まないものの、この作品は読み始めたら面白くて一気読み。
(以前読んだ、数年前のハヤカワSFコンテストの受賞作は世界観についていけずあまり楽しめなかったので、この作品がこんなにも私に刺さったのは予想外でした)
スタートアップの雰囲気も、プログラムのアルゴリズムのことも、トロッコ問題や倫理、宗教に関することも、さまざまな要素が綿密に練り込まれていてグイグイ惹き込まれました。
奇しくもこの本の発売の前月に、私の大学時代の友人であるベンジャミン・クリッツアーが『21世紀の道徳』という本を出しているのですが(前回のブログでも紹介しています)、こちらでもトロッコ問題について扱われており、両者には同じ本も参考文献に挙がっていて、どちらも東浩紀氏が帯で紹介文を書いている……という共通点があります。
栗原裕一郎さんが勧めるトロッコ問題の3冊。サーキット・スイッチャー、太った男を殺しますか?、21世紀の道徳。
— 低山△徘徊 (@Y_Kawaura) 2022年5月21日
そういえば、前回の記事で私は「『JJとその時代』という本は”女性向け『21世紀の道徳』”といった感じ」と紹介しましたが、言うならばこの『サーキット・スイッチャー』は「小説版『21世紀の道徳』」といった感じの印象も受けました。
(『21世紀の道徳』と『サーキット・スイッチャー』の両方を読んだことあるという人が少ないので、なかなか分かってもらえないのが悔しい)
ちなみにこの小説の作者である安野貴博さんは、私の友人の上司にあたるそうです。
そもそも、この小説を知ったきっかけとなったのも、もとを辿れば別の交友関係がきっかけだったり。
去年の秋、SF好きな翻訳者の友人・Aさんが手がけた記事が「SFマガジン」12月号に載ったということを知ったので購入。
すると、Aさんとは全く別界隈の友人もこの「SFマガジン」を宣伝している投稿を見つけたので「あれっ?」と思ったところ、この友人と安野貴博さんは上司部下の関係とのこと。この号に安野さんの受賞コメントが載っていたから宣伝していたようでした。
ちなみに翻訳者のAさんも、『21世紀の道徳』の著者のベンジャミンと友人。
元々、ベンジャミンの出版が決まって再会したのをきっかけに私はAさんと知り合い、Aさんの翻訳した記事目当てで買ったSFマガジンで安野さんの小説を知り、ベンジャミンも安野さんも近いテーマの本を手がけていて、出版時期も近く、同じ人が帯文を手がけている……というの、とても不思議な縁を感じます。……って、私は何の話をしているんだろうか。
今回このブログを書くにあたり、3位以下は結構迷いましたが、1位と2位はすぐに決まりました。連休中や秋の夜長に、ぜひ読んでみてくださいね。