2024年1月〜6月の間に私が読了した「読んで良かった本」、今期も紹介したいと思います。今回は、小説編です。
この時期に発売された本ではなく、「この時期に、私が読んだ本」であることに留意くださいませ。
毎回10冊ほど紹介しているのですが、今期は小説は10冊も読まなかったので、8冊紹介します。
8位 桜ノ雨
ボーカロイド曲で人気の「桜ノ雨」をノベライズした作品。ボカロの人気キャラが高校生だったら、という設定の学園モノの小説……ということで軽い気持ちで読み始めたら、思ってたよりも「ガチな合唱部の部活モノ」でした。恋愛要素もベタな感じでいい。いずれも、もどかしいくらいの距離感だけど、その展開が早すぎないのも好みでした。
コンクールの結果……意外でした。そして、曲についてはどう落とし所をつけるかと思ったら、しっかり現実的なところに着地してて良かったです。ボカロキャラではない、オリジナルキャラの「ハル先輩」は、読者が感情移入できるために顔の描写もなく中性的な感じなのかな……と思ったり。惜しむらくは、作中の地名にルビがなかったことでしょうか。
この本が出たのは2012年。今からほ10年以上前の本なので、ホモビがどうとかBL消費でキャッキャしたり、合宿のお風呂のシーンの書き方に時代を感じました。
この本は続編もあるみたいなので、そちらもちょっと気になっています。また、私は紙の本で読んだのですが、電子版には特典もあるようです。
7位 ぬるい毒
この、わけのわからない世界観にヌルっと引きずり込んでしまうのがまさに、本谷有希子作品という感じ。癖になります。主人公・熊田の周りに起こっていることに何一つ整合性はない気がするけど、このわけのわからなさこそが逆にリアルな感じすらします。思い返せば、私も似たようなことをしたりされたりしたような気もする。
序盤、「セラピスト」というキーワードが出てくるエピソードのところは、イメージソングとして、group_inou「THERAPY」が思い浮かびました。
解説の吉田大八氏の「熊田は向伊に恋しているのか?」という問い、著者の答え、それを受けた吉田氏の解もまた強烈でした。この解説での読解もとても好きです。
6位 授乳
3つの短編が収録されています。表題作の「授乳」だけ随分前に読んだまま放置していたのですが、改めて全編、通読してみました。
2編目の「コイビト」が好きです。主人公の価値観も、主人公の前に現れた少女の存在や、それからの展開も一番「わかりやすい」というか、変わってはいるものの、どこかベタというか、ある種の安心感があります。
3編目「御伽の部屋」は、主人公が友達の兄・正男さんと2人で遊ぶときの最初の描写で「あっ、これ辛い展開かな……」とハラハラしながら読んでみたら、予想外の展開。それからの「会った最後」「何かを諦めた」ところから、正男さんがどうなったのか色々想像してしまいます。
そして表題作の「授乳」は、やっぱり主人公の性格が好きになれずこの3編の中では好みではなかったものの、読み返すと新たな発見がありました。当初は、終わり方が急展開で衝撃的だったことが印象に残っていましたが、2回目に読んだときは、母親の描き方に目がいきました。
瀧井朝世氏による解説の冒頭は、私は本谷有希子作品に対して感じているな、と思いました。ちなみに、なぜか私は本谷有希子作品と村田沙耶香作品を同時期に読むことが多いのですが、小説作品としては村田沙耶香のほうが好きと思うことが多いです。脚本家としては本谷有希子大好きなんですが。
5位 あのこは貴族
友人から、誕生日プレゼントにもらった本のうちの1冊。この本を私に贈るのは、なんというか「分かっているな」と思いました。
二人の女性が主人公として出てきますが、華子、美紀どちらにも私と重なる要素があり、他人とは思えませんでした。
テンプレな男尊女卑の世界観やキャラの設定の作品は、作者の主張が先行してキャラが記号に見えてあまり好きではないのですが、この作中の人物はそれぞれリアリティがあり良かったです。後半の美紀の怒涛の主張が作者のメッセージなんでしょう。
ただ、美紀が会社で働く様子は作中には描写がほとんどないのに、愚痴るセリフだけ言わせるのはややアンバランスな気がしたのが惜しい。華子にもヤキモキしたけど、最後、よかったな、と思えました。
映画化もされているので、ちょっと気になっています。
5位 恋する殺人者
面白くて一気読みしてしまいました。主人公たちの語り口も軽快で読みやすく、どんでん返しも見事。やっぱり倉知淳作品って好きです。
女性のモノローグや心理描写のわざとらしさはやや気になったものの、主人公の一人は狂った女であることを考えると、おかしいくらいでちょうどいい気もします。これって、東野圭吾「容疑者Xの献身 (文春文庫)」みたいな感じかな……と思ったら終盤、かなり意外でびっくりしました。
色々と異なるけれど、同じ作者の『過ぎ行く風はみどり色 猫丸先輩シリーズ (創元推理文庫)』を思い出します。(『過ぎ行く〜』のほうはは読むのに時間がかかってしまいましたし、シリーズの中ではあまり好きな作品ではなかったのですが)
そして、作中に出てくる事件現場の場所の一つは、私も行ったことあるエリアなので、あのへんを舞台にしたのか……と思いを馳せてみたりもしました。
4位 猫色ケミストリー
こちらも、読み出したら面白くて一気読みしてしまいました。SFというかファンタジックなところもあれば、ゴリゴリの化学に関する知識も出てきて、その、硬軟取り混ぜた設定にまずとても惹かれました。
男性が女性に、女性が猫に、猫が男性に……という入れ替わり方は、80年代後半に出た、萩原京子『いつか虹を渡るまで (講談社X文庫 126-1 ティーンズハート)』という少女小説と全く同じなのですが、こちらは古いうえに知名度も低い作品なので、さすがに本編でも解説にも言及はありませんでした。
この「猫色〜」では、単なる入れ替わりモノというだけでなく、化学薬品に関するミステリ要素もあるのがさらに面白い。やっぱりこの作者は、「死香探偵 尊き死たちは気高く香る (中公文庫)」みたいな、化学×非現実的な要素、の扱い方のバランスが面白いな。
文庫版の帯に書いてある「猫がスマホで謎解き」という言葉は内容からはだいぶズレていると思いましたが、文庫版が出た2013年はスマホが普及し出した頃だから、目を惹くためにそんなコピーにしたのかもしれません。終盤のジェンダー規範の描写にも時代を感じたりもしました。
2位 異邦人
1〜2月頃だったかな。なんとなく短めの古典作品を読みたい気分だったので、今さらようやく読みました。
第二部の終盤を読んでいるとき、長年逃げていた指名手配犯・桐島聡の逮捕のニュースで盛り上がっていた時期だったので、彼の人生と、この本の主人公・ムルソーのことをつい重ねてしまいました。
終盤の主人公のモノローグこそが、この本の肝なんだと思いました。この本は、高円寺の読書カフェで途中まで読み、帰宅してから積読していたもので続きを読む、というカタチで読了しました。私が読んだのは68刷のものです。あらすじを読まずに読むと「主人」という言葉に引きずられて主人公を女性と誤認するかもな、なんてことを思ったりも、
この本の「あらすじ」、ものによっては「人間らしくホンネで生きていくことって本当は、非常識なことかもしれないな」なんて一文が加わっているようですが、これは最近加わったものでしょうか。私が読んだものにはありませんでした。
1位 アルジャーノンに花束を
この本は3月頃、同じく、なんとなく古典作品を読みたい気分だったときに読みました。今さらだけど読めて良かったな、と痛感。中学時代にこの本を読んでいた同級生もいたけど、私は今読んだことで感じるものが色々とあった気がします。
主人公のチャーリーは32歳。大人になってから読んだほうが、自分がちょっと変わっただけで周囲の人の態度が変わることへの戸惑いなんかも、より共感できるような気がします。
序盤は、幼児の知能しか持たないチャーリーの筆致として書かれており、(おかしなところもありつつ)ひらがなも多く読みやすいため、読み始めたら意外とすんなり読み進められました。
知能が高くなっていき、文章も高尚になっていくことで、チャーリーの追体験をするような、臨場感がありました。
また、翻訳の仕事をする人たちが身近にいると、「主人公の知能の変化に合わせて文体が変わっていくのは、翻訳が難しかったのではないだろうか」なんてことを考えたりもしてしまいました。
今回は、以上となります。次回は、ノンフィクション編を紹介したいと思います。