この半年は、かつてないほどたくさんの本を購入しました。
実用書や専門書が多く、小説や漫画や文芸作品は例年に比べて今期はあまり読まなかったのですが、それでもいろいろな本を読むことができました。
毎回恒例の、良かった本のランキングを発表したいと思います。今回は文芸作品をはじめとする「フィクション編」です。
(「2021年上半期に発売された本」ではなく、「2021年上半期に私が読んで印象に残った本」の紹介です)
10位 アウトロー俳句
以前、友人が薦めていて気になっていた句集。
元ホストや依存症患者など、歌舞伎町にいる「はみ出し者」たちが生きづらさを詠んだ……という内容に惹かれて読んでみました。
私は俳句はあまり読んだことがないということもあるからか、なかなか抽象度が高く、思っていたより難解な句が多いな、と思ってしまいました。合間に挟まれる写真や、編者による短評のようなコメントは風情があって私好みでした。
9位 ホスト万葉集
前述した『アウトロー俳句』を探したときにこの本のことも知りました。『アウトロー俳句』には難しさと物足りなさを感じてしまったものの、こちらはとても読みやすく面白かったです。
ホストクラブは一度しか行ったことがなく文化については分かりませんが、それでも十分楽しめました。
これは、ホストが詠んだ短歌を集めた本。客の女性を「お客様」として見ている歌もあれば「女性」として恋焦がれているような歌もあり、そこに人間味を感じます。
また、終盤の座談会も読み応えがあります。歌人の俵万智さんなども交えて行われていて豪華。「口説きに/口説かれに行く」ことについてのジェンダーの反転についてのくだりが特に興味深く感じました。
短歌の魅力もホスト文化も垣間見れて、とても「贅沢な一冊」でした。
8位 わたしを決めつけないで
ヤングアダルト向けの短編集。「女子力なんてない!」(小林深雪)、「兄弟前夜」(落合由佳)、「夜の間だけ、シッカは鏡にベールをかける」(黒川裕子)、「空、雲、シュークリーム、おれ」(大島恵真)の4編の作品が収録されています。
小林深雪作品目当てで読みました。小6の頃からこの著者のファンですが、近年はキャラを記号的に感じることも多くて、特にこのレーベルだと当たり外れが激しいな……と思うこともありました。著者はもともと甘めな恋愛小説を得意としていたこともあってか、児童書ならではのレギュレーションやポリコレ意識や、「イマドキ」っぽさを意識した内容が時々不自然に感じられるというか……。
ですが、これはむしろ、キャラの「記号っぽさ」があったからこそ終盤が鮮やかな展開になったと感じます。長年のファンからすると、「これが30年前の作品だったら、ヒロインの心理や行動は正反対だったんだろうな……」という感想を抱き、著者の時代を見据えた感覚に胸を打たれる部分もありました。
同時収録されている、落合作品のステップファミリー兄弟の話、黒川作品の外国ルーツヒロインの話、大島作品の美術の話、どれもそれぞれ味わいが異なり、読んでいて飽きのこない一冊でした。特に黒川作品は、外国ルーツの子は日本にも増えているはずなのに、これまで小説の主人公として見かけることはあまりなかったので、その点も新鮮に映りました。
7位 ぼくは愛を証明しようと思う。
8位で紹介した短編集はポリコレ意識も強く感じた児童書でしたが、こちらは正反対な作品(笑)。
著者・藤沢数希氏が提唱する「恋愛工学」メソッドを小説仕立てにした本です。この「恋愛工学」は「性犯罪を助長しかねない」「性差別的だ」などと批判されることも多く、これまであまり良いイメージを持っていませんでした。
この本が読書会の課題図書となったのでいざ読んでみたら、意外と面白かったです。胸クソ悪い展開も少ないように感じました。(何も知らずに「恋愛小説」だと思って読んだら「ハァ?」と思ってしまいそうではありますが……苦笑)
この作品は「恋愛小説」というより「営業マニュアル」のような本だと思いました。平凡な主人公が次々に女性と関係を持つようになっていく様は、「成長物語」としても読むことができました。
序盤はやや冗長ではあったものの、どういうエンドになるのか最後まで読めず、グイグイ読まされてしまいました。エンタメとしても意外性があって面白かったです。まるで、著者にこの本を通じて口説かれている感じすらあるな、なんてことも思ったり。
終盤の展開やラストは「これって、どういうことなんだろう」「著者や編集者は、どういう理由でこういう展開にしたんだろう」と考える余地もあり、思っていたよりも論点が多岐にわたる本ではありました。
また、本筋と関係ありませんが、主人公がデートに使っている「天王洲アイルのレストラン」のモデルとなったであろう店は、私も今年行ったのでタイムリーでした。また、主人公の地元は静岡の下田という設定ですが、私の母もそのあたりの出身なので、地域の描写も興味深く読めました。
主人公がデートに使っている店はおそらくここでしょう。
6位 君が降る日
3編の作品から成る中編集。島本理生作品は、高校〜大学生の頃にいくつか読んでいたものの、この本は長年積読していました。ふと久しぶりに島本作品を読みたくなり、読んでみた一冊。
表題作の「君が降る日」は、同じ作者の『生まれる森 (講談社文庫)』を思い出しました。「喪失」を描いた作品ということもあり、終盤、どこかじくじくする痛みを伴うような感情を抱きました。ラストの抽象的な表現はスッと入ってこない感じが、逆に何度も読み返したくなる余韻になっています。
「冬の動物園」は少女漫画を彷彿とさせる甘酸っぱさを感じました。コミカルな描写が多く、随所で笑ってしまいました。
「野ばら」は、誰がどういう想いを抱え、誰とどのようになっていくのか展開が読めず、グイグイ惹かれました。この3編の中では一番好きかも。主人公たちのこの関係は羨ましい気もしますが、終盤、やはり長くは続かないんだな……と切なくなったり。また、この作品では「恋愛でない感情」と「恋愛感情」の書き分けの難しさも感じました。作中、谷川俊太郎の詩が引用されているところも好きです。
5位 窓をあけて、私の詩をきいて
著者の名木田恵子さんは、小5の頃からずっと大好きな作家さん。あらすじを一切読まずに読んでみました。やっぱりこの人の書く心理描写は好きだ。嫉妬や戸惑いに揺れ動く思春期のみずみずしい心情、まさしくヤングアダルトの真骨頂という一冊でした。
著者の他の作品でいえば、2003年に出版された『air』を彷彿とさせる感じがしました。代表作の「ふーことユーレイ」シリーズもそうですが、主人公が秘密や辛さをひとりで抱えこみがちなところが、私にすごく刺さるのかもしれません。
この『窓をあけて、』は、最初のほうの段階で「あれっ、この主人公って、もしかしてそういうこと……?」と予想しながら読んでみたらその通りでニヤリとした反面、少し切なくなる部分も。この本、思春期に読んでいたらもっと私の心の奥深くに入っていって、何度も読み返した作品になったかもしれません。大人になってから読んだことが、すこし悔しくなってしまいました。
作者の名木田さんは1949年生まれで、この本の出版時は68歳。ですが、作中に出てくるLINEなどのコミュニケーションツールやSNSの作中での扱いがとても自然で、ベテランの児童書の作家に時々あるような不自然さが一切なく、世界観に違和感なく読むことができました。。そしてこの作品、キャラの名前もみんなおしゃれなのも世界観が出ていて良い。そういうところも、『air』っぽいなと思いました。
『air』は、『air ―だれも知らない5日間― (講談社青い鳥文庫)』というタイトルで文庫化もされましたが、私は2003年に金の星社から出たこちらの装丁のほうが好きです。
4位 消えていく日に
大学3回生の頃から大好きな作家さん。著者の加藤千恵さんは元々は歌人ということもあってか、短めの作品を得意としているようです。
この本は9編の短編集。主人公はアラサーか大学生の女性が多く、人生の躓きの話がメインでした。
中でも異彩を放っていたのは「消えていくものたち」。「あれっ、この主人公って、もしかして……?」と思いながら読み進めたら、まさかの予想の斜め上の展開に驚き、とにかく切なくなりました。なるほどこのイベントをこう位置づけるのか、そして、加藤千恵作品ってこういうのアリなのか……と、作者の新境地を見た気分になりました。
半年卒業が遅れた大学生が主人公の「エアポケット」も共感できました。加藤さんの作品は、大きな事件がない、日常の積み重ねの描写が非常に丁寧。そのあたりが自分の日常や心情と重ねやすい要素なんだろうなと思います。
「新しい干支」は登場人物たちの言動が面白く、随所で笑いました。そして、加藤千恵作品を読むたびに思いますが、料理の描写がとにかく秀逸。作中の料理は私も作ってみたくなります。
3位 ひとりでしにたい
「これは35歳以上の人は全員読んでレポート提出しないといけないくらい、必読の書だった……」と、Twitterでも話題になっていた作品。
Twitterで読んでいて面白かったのと、読書会の課題本にもなったので読んでみました。
「孤独死」がテーマの作品となってはいますが、ユーモアたっぷりで知識面でも勉強になる要素が多く、とても面白い作品です。暗く重い作品ではないです。
「孤独死」だけでなく、実家の太さのくだりについてもなかなか示唆的で、目のつけどころに脱帽。
自分の実家の太さを大人になってから知る話 1/3 pic.twitter.com/qTjOQftIX5
— カレー沢 薫 (@rosia29) 2021年3月18日
(Twitterでバズっていたこのシーンも、「ひとりでしにたい」に出てきます)
私は著者を文筆方面で先に知ったので、こんな漫画も描けるという、その多才さにも驚きました。
「ひとりの人ほど人を大事にしないとダメなんだ」「どこに助けを求めるかは元気なときに調べておかないとダメ」「事件が起こる家は他人を入れたがらない」など、名言も多数あり、刺さる部分が多々ありました。擬人化した猫のキャラが時折出てくるところも、エグさが和らいでいていい味を出しています。
そして、私も特殊清掃の本を読むのは好きなので、そのような人物が出てきたところにも親近感を抱きました。
あと、あまり関係ありませんが、去年私にアプローチしてきた男友達がこの本の登場人物に少し似ている部分があるので、なんとなく彼と重ねて読んでしまいました。
2位 かがみの孤城
本屋大賞を受賞し、今年文庫化もされた話題作。
この本は、単行本の豪華な装丁と「不登校の中学生たちが、鏡の中の世界で「鍵」を探していく」というあらすじに惹かれて購入。
発売当初に買って読み始めたものの、最初のほうは読むのが少ししんどく、やがて読むのを中断してしまいました。
私がこの春から通い始めた職業訓練校が、この本に出てくる「鏡の城」と似ている部分があると感じて、「職業訓練校が終わる前にこの本を読まなくてはいけない」といても立ってもいられなくなり、読書を再開しました。
読み始めると止まらなくなり、一気に読了。終盤は涙と、衝撃と安堵感が待ち受けていました。
この小説を一言で表すなら、「こういう世界があったらいいな」をこれ以上ないってほど詰め込んだ作品、といったところでしょうか。主人公のこころが憧れるシチュエーションもよくわかるし、その境遇から、こころのクラスメイトである東條萌にも親近感が湧きました。
そしてこの作品、私が昔書きかけていた小説とも近いところがあり、こういうシチュエーションに憧れる人って多いんだろうな、と再認識しました。著者のデビュー作の『冷たい校舎の時は止まる』をコンパクトにした作品、といった印象も受けます。
そして、作中の伏線には途中で気づきました。有名男性作家の有名な短編で似た仕掛けの作品がありますし、数年前の某人気映画も、ある意味、これに近いといえば近いかもしれません。
この本を読みながら聴いていたのは、「彼方のノック」という合唱曲。この曲、著者の辻村深月さんによる作詞です。まるでこの『かがみの孤城』のイメージソングにも思えました。どっちかというと『冷たい校舎』のイメージソングっぽくもあるかも。
イメージソングといえば、アンジェラ・アキが手がけた合唱曲「手紙」も合う気がします。
また、この本を読んでいる最中、別件で、この小説の中に出てくる童話について調べていたばかりだったので、そのタイムリーな偶然にも運命的なものを感じました。
1位 二月の勝者
こんなに私の好みにドンピシャな漫画と出会えたの、何年ぶりだろう。高校時代に読んだ「光とともに…~自閉症児を抱えて~」以来かもしれません。
首都圏での「中学受験」をテーマにした作品となってはいますが、「ヒューマンドラマ」としてとても奥深くて面白い。
この作品は、読書会の課題図書になったのを機に知り、ちょうど1巻無料キャンペーン中だったので読んでみたところ、見事にハマりました。塾講師である主人公が行っていることは私がやりたいこととも近いものを感じ、彼の言動もひとつひとつがとても響きます。
ちょうど、テレビドラマの「ドラゴン桜」が始まった時期に読み始めたのですが、1巻の中盤に出てくるサッカー少年のエピソードなんかは、「ドラゴン桜」とも通じるものを感じました。
あと、1巻に出てくるもう1人の子のエピソードがもう見事に私好みで、この作品は私のために用意されたのか、と思ったくらい刺さりました。
上位クラスに昇格できるのは誰か、問題のある生徒や親にはどのように対応したか、どうすればこの家庭環境から抜け出して受験ができるか……など、考えさせられつつハラハラする描写も多く、学びとしてもエンタメとしても楽しめる展開となっています。ドラマの「ドラゴン桜」が好きだった人にもピッタリな作品です。
7巻では女子の友情に胸が熱くなり、8巻は営業やコミュニケーションの参考になりそうなエピソードに感心したり、9巻には泣いてしまったり。読み進めていくのが楽しみな反面、ストーリーがクライマックスに近づいてくるのが惜しい気持ちもあります。
この作品は8月に12巻が発売され、この秋には柳楽優弥主演でドラマ化もされるようです。ドラマの前に、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。