これからも君と話をしよう

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不思議な誕生日会のススメ

 幼少期から全国あちこちに住んだ私が、「実はこれは東京に有意に多い文化なのではないか」と思うことのひとつに、「誕生日会」があります。

「子どもの頃、家でお母さんが手料理やケーキを用意してくれて、小学校のクラスメイトたちを呼んで行うようなもの」から、「大人になって、シェアハウスやイベントスペースでお酒やおつまみを用意し、あちこちの友達を呼んで行うようなもの」も、どっちのパターンも私は東京でしか経験がありません。

 

 その理由について私なりの仮説はいくつかあります。都会だと人口が多く小学校の学区のひとつひとつが狭いため、近所の友達の家で遊びやすい(一方、地方だと山の上のほうから通ってくるような子もいて気軽に家まで遊びに行けない子も多い)ということや、そもそも地方では20歳過ぎると既婚子持ちの人が多かったり、サービス業従事者が多いために休みの日が合わずパーティーがしづらい、ということが要因として大きそうな気がします。

(まぁ、「東京に有意に多い文化」というより、私が「地方暮らしのときは仲の良い友達があまりいなかった」というだけの話かもしれませんが。あ、でもこれはこれで面白い違いだな。「田舎は余所者には排他的、都会は多様性に寛容」というエピソードの一端と言えるかもしれない……)

 

 東京の大人のみんなの誕生日会は、みんなネーミングがユニーク。

 1年間で10件近くの誕生日会に招待いただきましたが、「○○聖誕祭 vol.33」「戦場で祝う○○のBirthdayサバゲ!」「僕の34歳の誕生日会」「○○は29歳になるらしい」「○○さんの承認欲求を満たす会」「○○Birthday Party(パイ投げもあるよ!)」「クラブ○○ 今夜はパーティー!」などなど、面白い名前のパーティーがたくさんありました。(中にはなんと100人以上の参加者がいたパーティーもあったようです。結婚式か!)

 

 そんな中、特に招待があったわけではないけれども行ってきた誕生日会はこちら。

 【面識ない人限定!】堀元の誕生日を他人が祝う会【完全非招待制】

 

 なんと、「面識ない人限定」の誕生日会とは!

 確かこの人ってよくいろんなイベントやってる人で、Twitterでは私とも相互フォローのブロガーさんだったはず。でもまだ会ったことはないから私も参加できる!

 これは面白い、行くしかない!……と思って、30日の夜の予定を確保しました。

 

 結論から言うと、この誕生日会、いろいろシュールで面白かったです!

 この誕生日会の面白さのポイントを7つに分けて紹介したいと思います。

 

面白い人がたくさん集まっている

「知らない人の誕生日を祝おう」という奇特な人々が面白くないわけがありません。

 主催と普段付きあいがあるひとたちの中には、誕生日会に招待されたら「まぁ、顔くらい出しておくか……」という人もいるのかもしれませんが、今回集まるのは全員他人。主催とは何のしがらみもない人たちばかりです。お世話になってる人もいないかわりに、恨みがあるような人もまずいないため、まっさらな環境からのコミュニケーションができます。

 

主催者の懐の広さが伝わってくる

 「誕生日を知らない人たちに祝ってもらおう」「知らない人たちと楽しもう」という主催者が狭量な心の持ち主なわけがありません。みんな、初対面の相手だというのに、主催の堀元見(ほりもと・けん)くんをうまくいじったり、いじられたりしていました。

 

プレゼントタイムがまるで廃品回収

 今回、「みなさん他人なので、心のこもっていないプレゼントを持ってきてね」という指示がありました。

 プレゼントタイムのとき、どんなものが贈られるのかしばらく堀元くんの近くで様子を見ていました。

 チェーン店のポイントカード。石。女の子の使いかけのGATSBY。シャンプーの試供品。胡散臭い自己啓発本。嫌いな異性からもらったぬいぐるみ。ファンからもらった入浴剤(音楽活動をしている人より)。就活の説明会でもらった企業ロゴの飴や、社長の顔写真がパッケージにデザインされたガム。女子大の学祭で買ってきたCD。勤め先の学校名が入った名刺入れ(大学職員さんより)。

 そんな、面白いものが次から次へと集まってきてひたすら爆笑しっぱなし! そばで見ているだけでかなり笑えました。

 しかし、それらの集まったプレゼントの山は、プレゼントというよりはまるで廃品回収や、不要品のバザーの出品物、といった感じ。誕生日会という華やかさと、愛情のないこのプレゼントの無骨さのギャップがシュールで面白かったです。

 

 需要と供給について考えさせられる

 ガラクタ……いや、プレゼントの山を見ていて思ったのですが、需要と供給の不一致って世の中こんなに多いんですね。私だったら喜んで使いそうな入浴剤やシャンプーの試供品が「要らないけど、捨てるには忍びないもの」として持ち込まれているのを見ると、需要と供給の不一致について考えさせられます。

 

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勝手に役割分担が生まれる

  繰り返しますが、今回集まったメンバーはみんな、主催とは面識のない人たちばかり。参加者同士も初対面同士が多いはず。それなのに、仕切りたがるひとが現れたり、片付けを呼びかけるひとが出てきたり、勝手に自分の役割を見つけて行動しているひとが現れるさまは興味深かったです。群像劇作品にありそうな展開だな、なんてことを思いました。

 誕生日会の終盤、みんなが持ってきたお菓子や飲み物を、未開封・個包装のもの、開封済みのもので整理した様子。

 

「よく知らない人=祝いたくない人」ではないことがわかる

  今回、面識のない人の誕生日を祝う目的でみんな集まりました。

 じゃあみんな、面識あるひとの誕生日は当然祝っているのかというと、きっとそんなことはないのでは、と思います(笑)。

 私自身も、高校生くらいの頃は友達によく誕生日メールを送ったりしていたのですが、大学生以降は激減。SNSなどで「今日は○○さんの誕生日です」という通知を見たときに「そうなんだ、おめでとう!」と心の中でお祝いするくらい。たぶん、みんなもそうなんじゃないかと思います。

 そう考えると、「ひとの誕生日を祝うこと」って、そのひとと旧知の仲かどうかは関係がないんだろうな、と思いました。

   (そういえば、結婚や誕生日を祝う感覚がよくわからない、という友人はこれまでも何人かいましたね。)

    また、「知らない人の誕生日を祝うこと」の最たるものはクリスマスだということを考えると、誕生日を祝うことと交流の有無はやっぱり関係ないんだろうなと思います。

誕生日は交流会に最適なコンテンツ

     今回、「誕生日会」というよりは、「誕生日を使ってひとを集めた交流会」という感じだったな、と思いました。

    ……いや、よく考えたら、今回に限らず、そもそも誕生日会ってそういうものなのかもしれません。

    小学生の頃にクラスメートを呼ぶものも、シェアハウス・シェアスペースにあちこちの友人を呼ぶものも、どっちも。

 

    主役が明確で、そのひとのために各所から定期的に友人が集える機会って、そうそうありませんもんね。(結婚式やお葬式は、同じひとのものは定期的には行われないし)

    そう考えると、誕生日って貴重だなと思います。

 また、この誕生会の企画を知った友人たちが、「私も尖った誕生日会やりたい」「僕も参考にしよう」などと言っていたのもちょっと笑えました。みんな誕生日会をなんだと思っているのだろう……(笑)。

    堀元くんと一緒に仕事をしている人の、彼女さんによるケーキのプレゼントだそうで。

 

 ※この誕生日会の様子についての、主催の堀元くんによるブログはこちら。

 誕生日会に【他人だけ】を呼んだら起こった10のこと

 

 ……そんなわけで、面識のないひとの誕生会に参加した私。

 ですが、そんな私も去年、2016年3月の27歳の誕生日会は面識のない友人が企画を手伝ってくれたことがあります。

「誕生日会したいな。どこかいい場所ないかな」と投稿していたら、会ったことがない友人が「僕の住んでいるシェアハウスはどうですか?」と提案してくれて、かれの友人(私にとっては知らない人)のこともたくさん招待してくれました(笑)。

 ……結局、直前にそのシェアハウスが使えなくなり、別のシェアハウスで誕生日会は開催されることに。

 ちなみにその誕生日会の会場となった家は、私のことをTwitterでブロックしている人が住んでいたシェアハウス。そして、その人は前年に自殺してこの家(&この世)を去っています。

 また、これはあとになって知ったことですが、そのシェアハウスはかつてオウム真理教の拠点として使われていたことがあったそうです。

 そして私は、なんと、麻原彰晃と同じ誕生日

 そんないわくつきの会場で行われた誕生日会に、年齢も職業もさまざまな十数人が集められる……なんて、まるでミステリー作品の舞台みたいでワクワクしました。が、別にそういった展開は起こらなかったです。(というかそういうミステリーにありがちな展開だと、それって絶対私が殺されるパターンだよね……w)

 

 改めて思いますが、誕生日会ってとってもそのひとの個性が出ますね。そのひとの一年の集大成とも言えるというか。

 今年は私は誕生日会は行わなかったのですが、来年はまた何かやってもいいかも。

    せっかく迎える誕生日、有効活用してみるのもいいかもしれない。

    そんなことを思った初夏でした。